アロマンティスト×アロマンティスト 2
数日後、龍成が登校すると、靴箱の中に手紙が入っていた。
「おお、ラブレター。モテモテですなぁ、リュウセイくん」
一緒に登校してきた
茜の言葉の通り、どこからどう見てもラブレターだった。ガーリーな封筒には、やや丸みを帯びた文字で「足高龍成君へ」と書かれている。裏返しても差出人の名前はない。ハートのシールで封がされていて、これでラブレターで無ければなんだというのか。
龍成は無言で手紙を鞄の中に仕舞い込んだ。
「読まないの?」
「ここじゃ読まないよ。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
「なんだよ、言えよぅ!」
もしかしたら、ラブレターに偽装した先日告白を断ったトップカースト女子の友人たちによるお礼参りの手紙なのかも知れない。喉元まで出掛かった言葉を龍成は飲み込んだ。もしこれが本当にラブレターであるならば、そういう言葉を口に出すのは、いや、そんな考えが浮かぶことすらも、ラブレターの送り主に失礼なことだと思ったからだ。
どうやらこの場でラブレターを読む気も、言いかけた言葉を言う気もないらしい。そう納得した茜は自分の靴箱を空ける。中からラブレターが三通落下した。靴箱の中を見れば、さらに追加のラブレターが二通。
「……モテモテですなぁ、茜ちゃん」
なぜか蹴られた。理不尽。
●
授業中、教師の隙を見計らい、
だが龍成の場合は違う。ラブレターなんて貰うのも初めてだ。そんなものを堂々と開封などしようものなら、ほとんど話したことも無い陽キャグループに目を付けられて手紙を奪われ、その場で朗読されるような事態になってもおかしくはない。中学の頃から、あの手の連中は妙に龍成への当たりが強いのだ。
かといって、どこか
結果、龍成が選べる手段は一つしかなかった。個人への注目が集まりにくい授業中、まるで板書を写すように、教科書を読むように、実に自然な動作でラブレターを読むしかない。
ラブレターを貰ったことそのものよりも、ラブレターを読んでいることがばれないかという事の方に緊張する。
教科書を動かし、その下に便箋を隠す。横書きされた文章を縦に読む。これは仕方がない。便箋は薄いピンク色で、大学ノートとは色が違い過ぎて浮いてしまう。だから教科書とノートで隠しながら、その間の空間を使って読むしかない。となると便箋は90度回転させることになるからだ。
読み終えた。
まごうことなきラブレターであった。
教科書とラブレターとノートから顔を上げる。黒板を見るふりをして視線をずらす。
途端、目が合った。
相手は即座に目を逸らし、いえ私は何も見ていませんよ授業に集中しないといけませんね次のテストに出そうな内容ですねと言わんばかりの雰囲気でノートに猛烈な勢いでペンを走らせる。艶のある黒髪を、赤いリボンで結んでポニーテールにしているのが見える。
そして、それからしばらく経って、その姿を見たままだった龍成と再び目が合った。再び即座に目を逸らし、今度は教科書を立てて顔を隠した。耳が赤くなっているのが見える。龍成は今度こそ視線を外す。
ラブレターの最後には、差出人の名前があった。龍成も知っている名前だった。
そんじょそこらのラブレターではない。よりにもよって同じクラスから放たれた、不発弾級のラブレターだった。
●
「ごめんなさい。僕は、あなたの気持ちに応えることは出来ません」
●
幸か不幸か、ラブレターを受け取ったのは金曜日だった。
果たして、放課後に行われた不発弾の解体には成功したのだろうか。事後経過は良好なのだろうか。龍成はやきもきしながら土日を過ごす。不安と現実逃避が両方そなわり普段より三割増しで家事が進む。普段は面倒くさくてやらない唐揚げまで作る。
気にはなる。気にはなるのだが、まさか茜に加賀和の様子を確認してもらうわけにもいくまい。ラブレターの送り主が誰だったのかを自白するに等しい行為だ。
クラスメイト全員が所属している連絡用のグループを見る限りでは、爆発した様子は見られなかった。
そもそも加賀和は「クラス委員長だから」という理由でクラスメイト全員と連絡先を交換しており、その例に漏れず龍成とも個人間でメッセージをやり取りすることが出来る。出来るのだが、出来るからと言ってやれるかどうかは別の話である。
加賀和との個人メッセージ画面に映っているのは、入学式の日付けと共に「凛さんと友達になりました!」と書かれた無機質なシステムメッセージが一つだけ。
ここに「告白は断ったけど、これからも前と同じようによろしくね」などと書き込む度胸は龍成には無かった。こんな内容を送るのは正解とは思えなかったし、そもそも既にタイミングを逃している。金曜日の夜なんてとっくに過ぎ去ったのだ。
かくして不安による睡眠不足を抱えたまま、龍成は今日も登校する時間を迎えた。茜を起こしに合鍵片手に上崎家の玄関を開き、茜に自分と同じ中身の弁当を渡し、電車に揺られていると寝不足が原因で舟をこいだ。寝ぼけまなこで巨大なあくびを漏らしながら昇降口にたどり着く。靴箱を開ける。
ラブレター。
何も取り出さずに靴箱を閉めた。腹の底から長々とした溜め息が漏れる。見間違いだと思いたかった。寝不足の頭がありもしないラブレターの幻覚を見せたのだ。そうに違いなかった。
「どったの? ネズミの死体でも入ってた?」
「なんでそんな発想になるの」
しぶしぶと、再び靴箱を開いてみる。先週金曜日のものとは別の封筒。先週金曜日のものとは別の筆跡の「足高龍成くんへ」の文字。空想でも見間違いでもなく、ラブレターに違いなかった。
「お、モテ期到来?」
茜の妄言には答えず、ラブレターを鞄に突っ込んだ。
「流行ってんの、ラブレター?」
「流行ってると思うよ、ラブレター」
「スマホがあるのに?」
「連絡先が登録されてないと使えないじゃん。私、スマホで呼び出されることはあっても告白されたことなんて数回しかないよ。告白断ってもせめて連絡先交換から、って頼まれることも多いし」
「そこは友達からじゃないのか……」
「ってどこ行くの? そっち教室じゃないよ?」
「いや、なんか昨日、あんま寝付けなくってさ。やばいくらい眠いんで保健室で寝てくる」
ついでに言えば、保健室に行けば加賀和と会うのを先延ばしにできるという実に甲斐性の無い理由も含まれていたりする。
「そういや電車でも寝てたね。エロ自撮りでも送りあってた?」
「なんでそんな発想になるの……。寝付けなかっただけって言ったじゃん」
「いや、土日はどっちもご馳走だったし。恋人ができたお祝いなのかなって」
ただの現実逃避である。が、さすがに幼馴染と言えどもそこまで言う気はなかった。
「一人で行ける? 誰か保健室に行ってほしい子のご指名はある?」
「一人で行ける。指名は要らない。先生への連絡は任せる」
「りょーかいであります、隊長どの」
茜と別れて保健室へと向かう。どうやら相当に顔色が悪かったらしい。気分が悪いので少し寝たいという龍成の希望に対し、養護教諭のオバチャン先生はテキパキと体温を測り、脈を測り、瞼を裏返して目の状態を確認する。すんなりとベッドの利用許可が下りた。
横になると、昨晩の寝つきの悪さは何だったのかと言いたくなるほど一瞬で、龍成は意識を手放していた。
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