第6話 真夏の冒険1

 夏休み真っ只中の八月。ワタシは冷蔵庫を見て絶望した。こういう時はもちろんアイツに電話をかける。

『はい、もしもし』

「もしもし、駿河?」

『どうしたんです?』

「昼飯食べた?」

『いや、まだですけど』

「あのさぁ、ウチに来て生麺の消費手伝って」

『生麺? まぁ、とりあえずそっち行きますね』

 電話が切れて、一分かからず駿河は我が家にやってきた。こういう時隣同士っていうのは便利だ。真綾が遊びに来るって言うならちゃんと身なりを整えるけど、部屋着の首元だるだるの着古したTシャツに、高校時代の時に使ってたショート丈のジャージで出迎える。

「もう、また本散らかってるじゃないですか」

 駿河から早々にお叱りを受ける。ワタシの部屋は本で溢れている。実家を出る時、このマンションに持っていく本を選別したけど、そのほとんどを持ってきたから引っ越してきてすぐにこの部屋は本にまみれた。本棚も全然足りなくて床に積み上げてる。足や手が当たって雪崩れることもしばしば。それを片付けるのは用があってやってくる駿河。そうじゃないと、駿河が座るところとご飯を置くスペースはない。

「この文庫の山……。夏目漱石や森鴎外、太宰治の作品が積まれている山の真ん中に『るきさん』が混じるのは何故です」

「ワタシもそれなりに考えて積んでるんだからな? 文庫は文庫で山作ってんだよ。サイズがバラバラだと余計崩れるから」

「サイズは確かに合ってます。ですが『るきさん』は漫画ですし……」

「オマエが気になってるのはそこかよ」

「そりゃあアルバイトとはいえ、書店員の端くれ。そのあたりは気にしちゃいますよ。まぁ、筑摩文庫なので売り場的には一般の文庫と一緒に並んでますが」

 と、そのあともぐちゃぐちゃ何か言いながら場所を空けている。

「さて簡単に片づけました。それで、『ヘルプ生麺』ってどういうことですか? あれだけ送ってこられても意味不明ですよ」

「あ、そうそう。これなんだけど」

 中華生麺四袋を駿河に見せる。

「特売の時に買ったんだけど食べきれなくて。しかも今日消費期限でさぁ。一人で四玉は無謀すぎるだろ? 今からとりあえず二玉は焼きそばにするつもりだから、一緒に食べてくれよ」

「そういうことですか。ありがたくいただきます」

「助かる。豚肉も野菜もさっき切って置いたからすぐ作る」

 豚肉を入れ、肉の色が変わったらにんじん、たまねぎ、キャベツを炒めて塩コショウ。野菜がしんなりしたら麺と少しの水を入れてほぐしつつ炒める。ほぐれたら肉と野菜を戻して、ソースをかけて、混ぜて完成っと。

「青のりも紅ショウガも買うの忘れてたからちょっと色味が足らねぇけど」

「匂いだけで食欲をそそりますよ」

 そう言いながら、スマホを手にして写真を撮る。

「駿河も写真撮るようになったなー。出会った時は写真フォルダ空っぽだったのに」

「気がついたら習慣になりましたね」

「じゃ、食べるか」

 二人で声を揃えて「いただきます」で食べ始める。

「おいしいです」

「そりゃ、良かった。焼きそばなんて久しぶりに作った。最近はインスタントの焼きそばばっか食べてたから」

 なんだか焼きそば食べてたら、ああ夏だなぁと思う。泳ぎ疲れてプールサイドで食べたり、祭りの露店で買ったり、キャンプでお父さんが作ってくれたり。夏の思い出には焼きそばがいる気がする。年齢を重ねるごとにインドアの性質が強くなって、一切行かなくなったけど、大きいイベントがなくたって、友達と食べる焼きそばもうまい。

 垂れ流していたテレビから「富田林より中継です!」という耳馴染みの二つ先の駅名が聞こえ、思わず画面を見る。

「本日八月一日、毎年恒例の花火大会が行われます。こちらは昨年の様子ですが」

 と流れたのは、夜空に華麗に舞い上がる花火とそれを見る大勢の人たち。

「すげえな、こんな大規模な花火大会がこの辺であるのか」

「らしいですね。僕もこないだバイト先の先輩に教えてもらって初めて知りました」

「花火大会ねぇ~……。小学校の時に両親と見に行ったくらいかな。駿河は花火見に行くのか?」

「この暑さの中わざわざ大勢の人が溢れかえるような所に一人で見に行くとでも?」

「見に行かないとは思ったけど、訊くのが筋だろ」

 とは言ったものの、駿河は地元へ日帰りで出来る範囲だ。友達と約束してるとか、もしかしたら気になる子がいて誘ってるかもしれない。でも、行く予定はないってことか。

「早く知ってれば、真綾に声かけただろうけど、遠いところに住んでるからなぁ。今から呼び出しても、難しいだろうし」

 もしよかったら、ワタシと花火見に行かないか? って言ってみるか? せっかく花火があるなら見に行きたい。一人は嫌だけど、駿河が行くって言うなら……。

――駿河くんのこと、咲ちゃんはどう思ってるの?

 あの日の真綾の一言がこんなときに頭によぎった。友達の駿河に花火見に行こうと誘うだけだ。さっさと言えばいい。そう思ってるのに言い出せない。二人で遊びに行く仲なのに。今更何ビビッてるんだよ。呆れながらワタシは焼きそばをすする。本の話したり、授業の話したり普段の会話が続く。

 食べ終わってからは、駿河は食器を洗う。いつの間にか、ご飯を食べさせてもらった側が食器を洗うっていうのが決まりになった。だから今回は駿河がやってくれている。ワタシはテレビを眺める。花火のニュースは終わり、天気予報のコーナーがやっている。今日も気温は三十五度を超えて、湿気も高く蒸し暑い一日だって。天気は一日晴れ、花火大会日和ってところか。

「な、なぁ」

「なんです?」

 言葉に詰まる。別に誘うくらい何の問題もないのに……。

「あ、あと、麺二玉あるんだけど、どうしたらいい?」

 ワタシ、何訊いてんだ……。すると駿河は顎に手を添え、

「そうですね。消費期限は今日ですもんね」

 あぁ……真面目に考え始めてしまった。スマホまで取り出して調べてくれてるし。いや、でも、残りの麺をどうしようかって思ってるのは確かなんだけど。違う、そうじゃなくて。

「もしよかったら、その二玉、僕にいただけませんか?」

「いいけど……」

「ちょっと作ってみたいのを見つけたので。あ、もちろん桂さんの分も用意します」

「それはラッキーだ。晩ご飯作らなくて済む」

「では、またあとで」

 そう言って、駿河は麺二玉を持って部屋へ帰って行った。

「あー! なんで言えねぇんだよぉ~!」

 ワタシはそう言ってベッドに飛び込んで、ジタバタと手足を動かす。普通に誘えばいいものをワタシときたら。変に意識しちまった。駿河もさー、花火大会あること知ってたなら、もっと前から話題に出してくれたって……。やっぱり行くっていう選択肢がアイツの中になかったんだろうな。枕に顔を埋めて「うぅ……」と低い声で唸った。

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