終章.天国と地獄は紙一重。

 八月十九日、深夜。二十三時、五十九分。

 浜辺で水を掛け合って無邪気に遊ぶ、銀の髪の双子の姿があった。


 服は海水で濡れて、髪は潮風で乱れて、笑い声は真夜中の黒い空にしんと吸い込まれる。

 アンフェールがシエルの胸を両手で押すと、シエルは浅瀬の水の中に背中から倒れた。起こしてくれと手を伸ばす彼に、アンフェールは笑いながら手を差し伸べる。その手を握ったシエルは、立ち上がると見せかけて引き寄せ、アンフェールを潮水の中に飛び込ませた。

 シエルが尻もちの姿勢で、仰け反って笑う。起き上がったアンフェールも、両手を海水に沈めたまま笑った。


 やがてふたりは、鏡のようにそっくりな互いの顔を見つめ合い、色違いの瞳を覗く。

 アンフェールが、両手でシエルの左手を包み込んだ。


「ねえ、シエル。これ、持ってて」


 シエルの手のひらの中に小さなものを押し込め、アンフェールは名残惜しそうに手を解く。手の中に感触だけを感じるシエルは、その手のひらを開かなかった。

 アンフェールの耳に青い石が踊る。片方だけ、右の耳だけにだ。


「このピアスは、二度なくしても二度、私のところに返ってきた」


 アンフェールが、ピアスと同じ色の目を微かに細める。


「私とシエルも同じ。何度も切り離されても、ずっと繋がってる。私が王女でシエルが暗殺者でも、ずっと一緒」


 シエルも手の中のピアスをぎゅっと握り、アンフェールの額に顔を寄せる。


「そんな恰好悪いポエムは好きじゃないけど。仕方ないな、そういうことにしてあげる」


 この先も、それぞれが見る景色は百八十度違っているだろう。それでも、これだけは変わらない。


「どこにいてもなにをしてても、僕たちはお互いに、たったひとりの双子だよ」


 星の夜空に漣の音が静かに広がっている。

 アンフェールはもう一度、両手のひらでシエルの左手を優しく包んだ。シエルも、アンフェールの手に右手を重ねる。ふたりはくすっと笑い合い、祈るように目を閉じた。

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