ログライト物語

新島眞琴

プロローグ

 リーサン=ハーキマークが初めてダンジョンにもぐったのは今から八年前、彼が十七歳のときだった。正式な探索者シーカーになるために、ギルドの認定試験を受けたときである。


 試験官として同行したのは、サン=ライデンというベテラン探索者シーカー。首都にあるギルド本部でも、数えるほどしかいないレジェンド級の探索者シーカーだ。赤い髪と目が特徴的な男で、その体は非常に大きい。


「リーサン、記念すべき第一歩だ。お前が扉を開けろ」


 リーサンは、まだあどけなさの残る端正な顔に緊張の色を浮かべた。


「はい……ああ、いよいよですね」


 ライデンはリーサンの後ろに立ち、腕を組みながら微笑んでいる。


 ライデンが初めてダンジョンに潜ったのは十年以上も前、彼が三十代のときだった。その頃はまだギルドも無く、ダンジョンについての情報も全く無かった。だからライデンは、冒険者としての好奇心だけで、命がけでダンジョンに潜っていた。


 今では探索者シーカーズギルドという組織ができ、ダンジョンの管理からログライト鉱石の採掘や研究まで大規模に行うようになっていた。そしてこのリーサンのように、毎年多くの新人がギルドシーカーになるために認定試験を受けるのだ。


 リーサンは目を閉じ、大きく息を吐いて心を落ち着かせると、金の装飾がほどこされている両開きの扉を開け、そして最初の一歩を踏み出した。


「すごい……ここは、氷の洞窟のようですね」


 扉を通った先は、氷の壁と天井に囲まれた広い空間だった。ときどき吹いてくるひんやりした風が、リーサンの茶色がかった髪をなびかせた。


「ああ、なかなか珍しいタイプだぞ」


 二人は空間の中央部まで出てきて周囲を見渡した。全面が氷の壁ではあるが、別の場所へとつながっているであろう通路がいくつか見える。


「不思議だ、本当に人工物があるんですね」


 地面には石畳が敷かれており、壁には金属とガラスで出来た照明が均等に設置されていて、洞窟内を柔らかな光で照らしていた。


「ここはどちらかと言うと自然系のダンジョンだ。高難易度認定されているダンジョンの中には、城や神殿の遺跡みたいなものや、廃墟の街まるごとなんてのもある」


「誰が作ったんだろう……」


「ダンジョンは入るたびに形が変わる異次元空間、解明されていないことだらけだ。なぜ魔物がみついているのか、なぜ宝が置いてあるのか、そして――」


 ライデンは少し間を置いてから言った。


「――なぜそこにログライト鉱石があるのか」


 低い声が洞窟内に響いた。


「それを解明するのも探索者シーカーとギルドの使命だ。さあ、そろそろ試験を始めようか」


「はい、よろしくお願いします」


「課題はたった一つ、このダンジョンのどこかにあるログライト鉱石を採掘し、外の世界まで戻ってくることだ」


 ライデンはそう言いながら、小さなランタンをリーサンに渡した。


「はい、分かっています」


「少しでも危険を感じたら引き返せ。それは恥ずべきことではない」


「はい」


「では、行ってこい。俺は扉の外で待っている」


「はい!」


 リーサンは一番近くにある通路を選び、ダンジョンの奥へと消えて行った。それを見届けたライデンは扉を出て、外の世界でリーサンを待った。


 十二年前、初めてこの世界にダンジョンの扉が現れ、その中でログライトという不思議な鉱石が発見された。


 ログライト鉱石には、その小さな石の中に大きなエネルギーを含有するという特性があった。それは、魔法の触媒や魔術道具の燃料として利用できる、特殊なエネルギーだった。


 このため、人々の生活は大きく変わった。今やログライト鉱石は、この世界に欠かせないものとなっている。


 ライデンが先ほどリーサンに渡したランタンは、ログライト鉱石を燃料にして輝く魔術道具である。しかし燃料は入っていない。つまり、リーサンがランタンを点灯させながら戻ってきたら、試験は合格ということになる。


 ライデンは扉のそばで焚き火をしながら、リーサンが無事に帰ってくるのを待っていた。やがて夕陽は西の山に沈み、虫の声と焚き火のぜる音だけが聞こえていた。ライデンがしばらく物思いにふけっていると、ダンジョンの扉が開いた。


「早いな……!」


 予想よりずいぶんと早い帰還だったので、おそらく途中で引き返して来たのだろう。ライデンはそう思った。


 リーサンはかなり疲れた様子で、ふらつきながら扉から出てきた。魔物と激しく戦ったのか、顔や体にいくつも傷が付いている。しかし、彼は明るく輝くランタンを高くかかげ、達成感で満たされた表情でライデンに笑いかけた。


 ライデンは立ち上がりリーサンに歩み寄った。まずリーサンの体に大きな怪我がないか確認した。そしてログライト鉱石で満たされたランタンをリーサンから受け取ると、普段は仏頂面ぶっちょうづらのその顔にも笑顔がこぼれた。


「よくやった、合格だ!」

 

 この日から、リーサンは探索者シーカーとしての人生を歩み始めた。




 そして、それから八年の月日がち、ログライトをめぐって新たな物語が始まる。



プロローグ ――完



 この小説を読んで下さりありがとうございます! プロローグを読んで少しでも興味を持って頂けたなら、お気軽にフォローして下さい。♡応援、コメント、★評価も、とても励みになります! 今後ともよろしくお願いします。 新島眞琴

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