*⁂~ 第二章 祈り ~⁂*

第十三話 静かな帰還

 どれくらいの間、動けずに倒れていたんだろう。リーサンは痛みに歯を食いしばりながら、ゆっくりと起き上がった。


 肩から背中に貫通した傷と何本も折れた肋骨。そしてアンとエナを失ったという耐えがたい事実。リーサンは心身ともに打ち砕かれていた。


 しかし、このまま雪の降る中で終わるわけにはいかない。ここで死んでどうする。そう自分に言い聞かせながら、うようにして荷物が転がっている場所まで行き、傷口に包帯を巻きつけて気休め程度の止血をした。


 岩にもたれかかって座り、息を整えながら考える。アンとエナが落ちていく瞬間が目に焼き付いて離れない。エナは微笑んでいるように見えた。アンは意識を失っていた。騎士の強大な力に対してリーサンは何も出来なかった。


 寒さで体中の感覚が無くなり、少しでも気を抜くと意識を失ってしまいそうだった。自分を奮い立たせようと何度も太ももを叩き、邪念を振り払うかのように呟いた。


 考えろ、考えろ、いま何をすべきか……!


 リーサンは折れた太刀を杖代わりにして立ち上がり、ふらふらと穴のそばまで歩いた。覗き込んで見るが、底無しの暗闇しか見えなかった。叫び出しそうになる衝動をおさえて、リーサンは精霊のいた浜辺を目指して歩き始めた。




 その頃、街には季節外れの雪が降り始めていた。


 寒そうに家から出てきたミト神父は、雪が落ちてくる夜空を見上げながら、ダンジョン調査に行った姉妹を案じた。アンとエナは、もうダンジョンに入っただろうか? 無事にやっているだろうか? そんなことを考えながら、就寝前の祈りを捧げるために、隣に建っている礼拝堂に入った。


 そこで倒れているアンを見つけた。


 持っていたランタンの光を魔法で強くしながら、神父は慌ててアンに駆け寄った。


「アン!? なぜ!?」


 アンの顔や体には、刃物で切られたような無数の生傷がついている。意識は無く、ぐったりとして動かない。ミト神父はアンの口もとに耳を近づけた。小さく呼吸する音が聞こえる。弱いが脈もある。


「いったい、どういうことだ……」


 神父はアンに上着をかけると、礼拝堂を出て自宅へ駆け込み、妻のメアリを呼んだ。


「メアリ! 大変だ!」


 ただごとではない様子に、寝室から慌ててメアリ夫人が出てきた。


「礼拝堂へ来てくれ、アンが倒れている!」


 状況が飲み込めていないメアリをよそに、神父は戸棚の中からログライト鉱石が入ったビンを取り出し、急いで礼拝堂へ戻っていった。


 アンのそばに戻ってくると、瓶の中から氷砂糖のようなログライト鉱石を一握り掴み取り、もう片方の手をアンにかざして回復魔法を唱えた。ミト神父の見開いた目が青く輝き、かざした手から出る光の粒子がアンに注がれた。


 回復魔法の強化媒体として握っているログライト鉱石が手の中で昇華して無くなるたび、神父は瓶に手を突っ込んで新たに鉱石を握った。


 やがてメアリが小走りで礼拝堂に入って来た。


「そんな……なぜアンが?」


「分からん、たが今は治療が先だ」


 神父は回復魔法をかけながらメアリに指示した。


「メアリ、近所からできる限りのログライトをもらって来てくれ。そして回復魔法を使える者がここに集まるように協力をあおいできてくれ。出来るだけ多くの人にだ。アンは瀕死の状態だ、私だけでは……」


 メアリはすぐに飛び出して行った。


 神父は生死の境を彷徨さまようアンに、どうか戻って来てくれと何度も何度も語りかけた。礼拝堂の中は、回復魔法の青い光で満たされていた。




第十三話 静かな帰還 ――完

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