第9話 Eternal Summer (『いつか終わる日』番外編②)
初出は~なろうにて2015年5月24日。現在検索除外中。同年5月22日アイドル・丸山夏鈴さん病死。
文字数約2000字。
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『東京には空がない。ここには空がある。 空色ガールズ!』
と書かれた定期ライブのポスターを眺める三人。
太一、幸一、剛だ。東北中堅都市の工業高校に通う二年生。吹奏楽部。
「最高だったな。俺まだ興奮してる」
「俺も、凄い汗かいた」
太一の言葉に剛が答えながら、グッズの空ガタオルで顔を拭く。
「サインある方で拭くなよー」
幸一が笑いながら言う。
「分ってるよー」
剛が言う。
タオルの裏にはメンバーのサインがしてある。以前グッズ販売の時にして貰ったものだ。
三人は空色ガールズ(通称空ガ)定期ライブ・かりん卒業公演の帰り道で、駅前の商店街を歩き住宅街の方へ向かっていた。
「でも良く満員に出来たよな。俺達もやれば出来るんだな」
剛が言った。
「那智さん達の力も大きいさ。あの人達空ガの今までの歩みと今日がかりんちゃんの卒業公演になるかも知れないっていうのアチコチのサイトにアップしてたし、俺達もやったけど、ツイッターやLINEでも今日の公演について随分書いてたし」
幸一が言った。
那智さん達とは今回の公演少し前に知り合った、と言うよりも相談したアイドルヲタの社会人グループだ。
今公演を満員にして成功させたいと、三人で話を持ちかけたのだ。
「それにしたって俺達だって良くやったよ。見てみろよ。ツイッターもLINEも『お疲れ~』って、一杯来てる」
と太一。
「結構、隠れファン多かったんじゃね? あと一歩、誰かに押して貰えれば行くっていう様な。多分今回そんなきっかけになったファンが多かったんだよ」
剛が言う。
「まりりんが言ってたじゃん」
幸一が思い出し笑いしながら言った。
ライブも三曲目が終った所でしおりんが客席に向かって言った。
「今日凄い多いですけど、どうかしたんですか?隠れファンが出て来てくれたとか?」
「そう、出てきたー!」
「隠れてたー!」
「隠れてないよー!」
しおりんの言葉に反応して客が口々に言う。その時だ、まりりんが言った。
「隠れんなぁー!」
客席中からドッと笑いが起こった。
「ホント、隠れてたんじゃつまらないし、勿体無いよな。やっぱり出て来て興味がある事にはドンドン参加した方が体験出来るし楽しいよ」
剛が言った。
「今回色々あったよな。曲数もカバー入れて十三曲? 時間いつもより長かったもんな」
「うん。持ち歌オリジナル七曲だろ。カバーソロ五曲と、全員でカバー一曲。でも時間感じなかった。やっぱりアッと言う間だったよ」
太一の言葉に幸一が言った。
「カバーのソロはやっぱ、かりんちゃんだろ。俺泣いたー」
剛が言った。
「確かに、あそこで『君の知らない物語』歌うとはなー。俺聴きながら色々考えちゃったよ。俺達の知らないかりんちゃんやメンバーの事。お前らの知らない俺、俺の知らないお前ら。皆お互いの全てを知ってる訳じゃないけど、今このライブハウスの中は一つだけど共通点で繋がって皆集まってる」
幸一が言った。
「何お前哲学者みたいな事言ってるんだよぉ」
そう言うと太一は幸一の首の所に空ガタオルを掛け、軽く絞めるフリをしてふざけた。
「そうそう、あの時さー、歌う前に雪虫さんて言ったよな?」
「言った言った。『雪虫さん、来てますかー』って」
剛の質問に太一が答える。
「雪虫は俺だよ。かりんちゃん俺の事呼んだんだよ」
ちょっと拗ねた声で幸一が言う。
「違うよ、雪虫は俺達三人。でも実際会場では皆が『はーい』って言っちゃったからな」
笑いながら剛が言う。
「楽しかったなー。まだ余韻が覚めない」
太一が言う。
「うん」
二人が合わせて言う。
三人ではしゃぎながら歩いて来た商店街を抜けると明かりが少なくなり、住宅街になって行く。
急に夜空に星の輝きが目立つようになって行く。
この先からは三人は別々の道を通って家に帰るようになる。
「どうする? 城山公園でも行ってもう少し話でもする?」
幸一が言った。
「珍しいんじゃね。お前がもっと話そうなんて」
剛が笑いながら言う。
「俺はいいよ。まだ眠れないもん。余韻で目がギンギン」
そう言うと太一は目を大きくして見せた。
三人は住宅地の東側にある小高い丘の上の公園を目指した。かつての城跡がある公園だ。
「あー、かりんちゃん行っちゃったな。夏も終わりだ」
空を見上げながら幸一が言った。
「かりんちゃんにはまた会えるよ。地元だぞ。地元アイドルだぞ。必ず会える! あー俺かりんちゃんと同じ大学行こうかな?」
かりん推しの剛が言う。
「夏はまだ終らないよ。思ったんだけど、うちの高校の文化祭に『空ガ』呼べないかな?」
太一が言う。
「おー、それナイスアイデア!」
剛が乗り気で言う。
「でもそれ、秋だろ。夏は」
笑いながら言う幸一の言葉を遮り
「終らなーい!」
太一と剛が叫んだ。
おわり
丸いお月様が城山公園に架かり、夏風が何処かの家の軒先の風鈴を鳴らした。
八月最後の日曜日。
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