第7話 いつか終る日
初出は~なろうにて2015年5月。最初のタイトルは『たぶん同じこと。』こちらは現在非公開。文字数約6000字。アイドルファン応援小説。
空色ガールズ、モデルは福島県いわき市の地元アイドルグループ『アイくるガールズ』 かりんちゃんの名前は当時死亡したアイドル、丸山夏鈴さんから。
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「かりんちゃん辞めるって聞いた?」
突然五十嵐が言い出した言葉に驚いた僕は、
「何の話? えっ? 聞いてない。初耳」
と言うと、手に持っていたCDを棚に戻した。
僕らは地方の中堅都市にある工業高校の二年。吹奏楽部の部活の帰りに、中古専門の本やCDの置いてある店に寄って、中古のCDを物色していた。
僕ら三人、五十嵐と丸山と僕(谷口)は、地元アイドル『空色ガールズ』のファンで、かりんちゃんはその中の最年長リーダーだ。
空色ガールズは高校生のかりんちゃん・みさちゃん。中学生のこよりん・ゆーな。小学生のいすゞの五人からなる今流行の地元アイドルだ。二年程前に結成して、最初は七人いたのが五人、四人と減り、半年ほど前に小学生のいすゞが入った。それからは五人体制で活動している。
『空色ガールズ』の名前の由来は、僕らの住む街が、日本一空が綺麗だと自負しているからだ。
昼間の雲が雄大に流れる青空も、夕方のオレンジ色や紫色に変わる空も、満天の星空を満喫出来る夜空も、地方の田舎都市ならではの事なのだけれど、僕らは確かに自分達の街の空を綺麗だと思っている。それはこの街に住む大人達にしても同じ事の様で、だから公募によってこの名前が選ばれた。
活動は地元アイドルなので、地元のイベントが主で、たまに関東や近県にも出向いている。でも一番は一ヶ月に一度行う定期ライブ。地元のライブハウスで行うこれは、ワンマンの完全ライブなので、これが一番盛り上がる。
「なんか誰かがツイッターに挙げてた」
「マジか!?」
思わず声が大きくなる。
すると後ろから丸山が、僕と五十嵐の肩に手を置いて、後ろに引っ張る様にして言った。
「お前らうるせーよ。その話なら公園でも行って話そうぜ」
時間は既に午後六時半。夏休みが終わって今日で、一週間程経つ。
外は公園も街も、まだ完全な夜にはなっておらず、薄明るかった。
僕ら三人は横に四つ並んでいるブランコに並んで座った。
人影はない。誰もこの公園には居ないみたいだ。
最初に丸山が口を開いた。
「俺も知ってる。ツイッターに挙がってるのを見たんだけど。次の定期ライブで発表あるのかな?」
丸山は元々かりんちゃん推しだったから心配そうな顔をしている。
「聞けばいいじゃん」
そんな丸山を見て、僕が言った。
僕は公園に向かう途中で、ある方法に気付いていた。
空色ガールズのメンバーは、全員公式のツイッターをやっている。そして当然僕らはそれをフォローしていた。
そしてたまに、メンバーの呟きにしたコメントに対して、返事が来る時があった。但し、メンバーとファンのやり取りは一人につき一日一回までという制約がある。
「直接かりんちゃんに聞けば良いんだよ。返事返って来るかも知れないし。三人で三回は返事が貰える可能性があるんだから、理由訊いて辞めない様に頼めば良いじゃん」
僕らはメジャーなアイドルも大好きだが、そちらではこんな事は出来ない。ただのフォロワーの中の一人だ。こういった繋がっている感は、やはり地元アイドルならではの事ではなかろうか。
「そんなに上手く行くかな~」
丸山が諦め口調で言った。
「じゃあ俺からやろうか?」
そう言うと五十嵐がスマホを出して、ツイッターのアプリを起動させると、早くも打ち始めた。
〈辞めるって噂聞きました。本当ですか?〉
五十嵐はこういう事には物怖じしない。
僕と丸山はたまにコイツのこういった所に驚かされる。
そして五十嵐がツイッターで尋ねてから待つ事十五分。
かりんちゃんからまさかの返信が来た。
〈ごめんなさい。答えられません〉
僕らは五十嵐のスマホの画面を覗き込み注視して、一斉に叫んだ。
「「「なんでだよー!」」」
夜七時を過ぎると、公園も段々暗くなって来ていた。
「つまりこれってどーゆー事? どっち?」
僕が言う。
「分らない。ニュアンス的にはやっぱり辞めるのかな? って感じ。でもはっきりしないよなー」
五十嵐が言う。
「辞めないだろ? 辞めるって言ってないもん」
丸山は自分の願望を言っている感じだ。
「あー! とにかく次、誰か次訊けよ。こんなんじゃハッキリしないじゃん。かりんちゃんリーダーなんだぞ。折角最近いー感じにまとまっていたのに。辞めたら大変じゃん!」
五十嵐は自分の質問に対するかりんちゃんの答えに納得が行かないのか、ちょっとヒステリックに騒いで、僕らを急かした。
「そうだけど。答えられませんって人に何て訊く?」
そんな五十嵐とは対照的に、若干おっとりした性格の丸山が口を開く。
そうなのだ。かりんちゃんが答えられないと言っている事を僕らは何とかして訊き出そうとしている。
それは、好きなアイドルを自分達が苦しめている事になるのではなかろうか。
そう思うとちょっと気が引けて来た。
「もういいよ。俺、かりんちゃん推しだから、かりんちゃんが嫌かもって思う事は訊けないよ。尋ねられたくない事は訊かない。俺はいい。止める」
丸山はそう言うと、乗っていたブランコから立ち上がった。
その時僕も、実際そういう気分になっていた。
ところがだ。その時、五十嵐のツイッターに一通のダイレクト・メッセージが入って来た。
ダイレクト・メッセージ《D・M》で送られて来た内容は、他の人が読む事は出来ない。
そしてそれは、かりんちゃんからだった。
「はやく開けろよ」
丸山がかりんちゃんの名に、ニヤニヤしながら片手を五十嵐の肩に置き、軽く揉みながら言った。
僕も少し興奮していた。かりんちゃんからのメッセージだ。一体何が書いてあるんだろう?
〈さっきはごめんなさい。まだ言えない話なので。ウチの親戚がツイッターで書いちゃて、すぐ『空ガ』の運営が削除させたんだけど。あの返信じゃ逆に気になりますよね? ごめんなさい。私は八月一杯で辞めます。まだ誰にも言わないで下さい。あの、大学行くんです。だから受験勉強したいので八月で辞めます。次の定期ライブでは、その事を皆さんの前で言う事になってます。私がいなくなっても『空ガ』を宜しくお願いします。それからこの話は本当に内緒でお願いします。) ※空ガ→空色ガールズ
「マジかー! ヤバイな! それにしても、かりんちゃん性格いいな~♪ 俺もかりんちゃん推しになりそう」
僕は興奮して言った。
「受験勉強か~。活動休止じゃ駄目なのかなー?」
五十嵐が言った。
「兎に角そのメッセージ、画像保存して俺に送ってくれ!」
丸山はかりんちゃんからのメッセージが羨ましくてしょうがない様子だった。
それから僕らは、一頻り騒いだ後に、ゆっくりと話し合いを始めた。
「そうだよな。休止でいいよな。大学合格したらまた続ければいいんだから」
先程の五十嵐の言葉を思い出した僕が言った。
「じゃあ、ダイレクトメッセージの返信で送ろうか? かりんちゃんに。休止じゃ駄目なんですか? って」
五十嵐が言う。
「送れ」
丸山が言う。
僕らはかりんちゃんの件でなんだか、不思議な高揚感の中、少しずつ一致団結した気分になって来ていた。
〈メッセージありがとうございます。内緒の件、了解です。それでかりんちゃんは、辞めなくても良いんじゃないでしょうか? 活動休止扱いで、受験終了したらまた復帰するというのは駄目ですか? 僕も友達も『空ガ』のファンで、定期ライブも殆ど行っています。かりんちゃんリーダーで今の五人体制になってから、凄く良いカタチになって来ていると思っています。勿体無いです。ファンの一人として辞めて欲しくないです〉
五十嵐がそんなダイレクト・メールを送ってから、二十分程して、再度かりんちゃんからのメッセージが届いた。
〈ありがとうございます。嬉しいです。でも、受ける大学は地元じゃないんです。それと、私はただの地元アイドルだから、きっと最後は普通の生活に戻るんです。運営も三十、四十歳と、どんどん歳をとっていった時に、アイドルとしては置いて置けないでしょ? きっと『空ガ』は私にとって良い経験・良い思い出になるんです。高校を卒業して大学に通い、あの時の事を良い思い出だったと思うんです。応援してもらって凄く嬉しいけれど、東京の方のテレビに出ているアイドルや、芸能人の様には行かない事を分って下さい。凄く嬉しかったです。次の定期ライブも必ず来てください。それでは〉
その文章を読んで、僕はドキッとした。
ショックだった。
かりんちゃんからのメッセージは、僕らが考えた事も無い様な、内容だったからだ。
それはアイドルは永遠じゃないという事を表していた。
まるで童話のシンデレラが、十二時の鐘で魔法が解ける様に、かりんちゃんも魔法の時が終わり、普通の人に戻る…時間は残酷だと感じた。
そしてそうやって、『空色ガールズ』のメンバーが少しずつまた減り、そして新しい娘がきっと入って来るのだろう。本当に同じ瞬間なんて、二度とない。
時間は流動する。
この高校二年の生活だって、永遠には続かない。
来年には三年になり、その次の年は大学進学か、就職か、皆んなバラバラな道を歩き始めるのだ。
それは僕にとって、僕らにとって、分っていたのかも知れないけれど、見て見ぬ振りをして来た世界で、アイドルを支えるファンの筈の僕らが、アイドルのかりんちゃんに突きつけられた世界。
「たしかにそうだよな。大学地元じゃないなら、ちょっと難しいよな。それに確かにアイドルって、上がある程度の年齢で卒業して、下が新しく入るとかあるもんな。ちょっと俺たち熱くなり過ぎかもな…」
かりんちゃんの言葉に五十嵐は、少し寂しそうに、しかし現実的に全てを受け入れようとするかの様に、そう言った。
僕は、その言葉に直ぐには言葉が浮かばなかった。
丸山も塞ぎ込んだ様に下を向いている。
だから、二~三分程沈黙が続いただろうか。
突然ポツリと、丸山が呟いた。
「違うよ」
もう時間は午後八時を過ぎていた。
公園も真っ暗になり、あちらこちらの外套の灯りだけが、まるで蛍の光の様に公園に丸く光を注いでいた。
全く同じ言葉に対しても、人間は人それぞれ考え方が異なる。
言葉通りに受け取るのと、言葉の裏を読み解くのでは捉え方も真逆だ。
丸山の話は、僕にそんな事を思わせた。
「違うよ。かりんちゃんが大学に進学して、アイドルを辞めちゃうのは、俺たちの所為なんだよ。俺たちがかりんちゃんを不安にさせたんだよ。俺たちはライブを見に行って、時間も忘れて、先の事なんかも考えずに、今が楽しいって気分になっていたけれど。かりんちゃんは、いや、かりんちゃんだけじゃないかも知れない。『空ガ』のメンバーは、ライブ中も、将来の事とか不安だったのかも知れない。それって可笑しくないか? 俺たちファンなのになんにも『空ガ』の事を支えてなかったって事じゃないか?」
確かにそうかも知れない。僕らはライブに行って『空ガ』の歌・踊りにハイテンションになってペンライトを振り続け、この時間が永遠に続けば良いと願っていた。でも、その時ステージに立っていた『空ガ』のメンバーは、先の事に不安を抱きながら歌って踊っていたとしたら。
「それはちょっと悲しいかも」
僕が言おうとした言葉を五十嵐が奪い、更に続けて言った。
「けど、かりんちゃんの話も現実だぞ。実際地元に限らずアイドルは一生はやれないだろ? そういう気持ちにさせないで、毎日楽しくアイドル活動をして、先の事なんか考えず、笑ってて貰いたいけれど、そんなの無理だろ?」
「無理じゃない!」
丸山が叫んだ。
「無理じゃない。俺たちがもっともっと激しく応援すれば、きっと『空ガ』にも伝わるはずだよ。いつまでもずっと続けられるって、俺たちがペンライトの振りとかもっと、曲ごとにオリジナル性出したり、メジャーアイドルみたいに曲の口上付けたりして、もっともっと盛り上げて、ライブハウス毎月満杯に出来る様にすれば。もっともっと盛り上がって、もっともっと盛り上げれば。きっと先の事なんか考えず、『空ガ』も、かりんちゃんもライブをもっと楽しめる筈だよ」
かりんちゃん愛からか、丸山は凄い事を言う。
一度冷静になっていた僕の心も、丸山の言葉にまた熱くなって来始めた。
「じゃあさー、ライブハウスの後ろの方でヲタ芸やってる人達にも何とか連絡とって相談しようよ。あの人達ガチだから、きっと会場まとめて凄い盛り上げてくれるんじゃないかな?」
僕が言う。
「あーあの社会人軍団。俺、一人フォローしてるから連絡取れるかも。あの人達、前はメジャーアイドルのファンだったらしいけど、余りに大きくなったからって『空ガ』に来たらしいよ。自分らで大きくしたいって前言ってたから、いいんじゃないかな」
五十嵐も丸山の話に少し熱くなったのか、話しに乗って来た。
「ヨシッ! じゃあ五十嵐今夜中に連絡取れよ。明日学校で尋ねるからな! それともう今日は帰ろうぜ。八時過ぎてるよ。話もまとまったし」
丸山が元気良く言った。
かりんちゃんは『空ガ』を辞める。
僕らはそれを止める事は出来なかった。多分。
時間は否応なしに流れて行って、過ぎた事に手を伸ばしても、もう届かない事の方がきっと多いのだ。
それでも僕らは気付いてしまった。
これから先に出来る事を。
「何だよお前。楽しそうじゃん」
丸山の楽しそうな顔を見て、僕も楽しくなって言った。
「そりゃ楽しいじゃん。次の定期ライブは俺たちで必ず盛り上げるんだぞ。かりんちゃんは卒業発表するかも知れないけど、やっぱり辞めたくないー! って思わせる位に最高のステージにしてあげるんだ」
「気持ちが変わるくらいに?」
ニヤニヤしながら五十嵐が尋ねた。
「そうだよ。このままずっと続けたいって思う位に盛り上げるんだ。ライブハウス定員三百人位だろ? それもなんとか埋めたいよなー」
想像は自由だ。
想像した事を実現する為に人は頑張る。
例えばそれが、ずっと先の事ではなくて、今現在、目先の事だったとしても、何が悪い。
僕らはもう、彼女達を夢から覚まさせたりはさせない。
僕らは大好きなアイドルと、永遠の時間を生きるんだ。
その為に、今しか出来ない事もあるんだ。
僕は二人と話していて、そう思った。
そして僕らは公園の外に出て、歩き出した。
「みさちゃんは高二だっけ? 来年卒業しちゃうのかな?」
五十嵐が言う。
「だから、卒業しないでこの街に残って、『空ガ』を続けたいって思う位の、凄い盛り上がりになれば良いんだよ。何も不安がらない様に。俺たちファンが『空ガ』を守って、ライブを作って行けば良いんだよ。馬鹿かお前は」
丸山の勢いは止まりそうにない。
こいつはホントに『空ガ』も地元も好きなんだな。
「なんかお前、地方活性化に一役買いそう」
だから僕は、思わずそう言った。
「馬鹿かお前も」
笑いながら返して来る丸山。
きっとメジャーアイドルも、地元アイドルも、最高のパフォーマンスをステージで見せたい気持ちは変わらない筈で、だからこそ、それを見た女の子達もアイドルに憧れるんだ。
そしてそれに応え、支え続けるファンの気持ちだって、きっとメジャーも地元も変わらない。
だから僕らは、誰がなんと言おうが、永遠の時間の中で今を生きるんだ。
きっとそんな気持ちは地元アイドルもメジャーアイドルも、たぶん同じ事だから。
おわり
「五十嵐、ちょっとスマホ貸して」
「何すんの丸山」
「いいから」
〈定期ライブ必ず行きます。最高のライブにしましょう!〉
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