俺の名は……
@owatan_
第1話
何ヶ月振りだろうか。もしかしたら、何年ぶりかもしれない。ふと、カフェイン漬けの酷使しきった頭で考えた。しかし、そんなことはどうでもいいのだ。重要なのは、明日が休みだということだけだ。
大学を出てやっと就職した会社は、表面的には普通の会社だった。しかし、蓋を開けてみると、有給は勝手に消費されていて休みがもらえない、社内で寝泊まりさせられ家に帰れないのが当たり前だ。そして、辞める気が湧かなくなるほどに働かされる、黒より黒い超ブラック企業だった。
そんな会社が出した一日の休みを一分でも、一秒でも無駄にできないと思った俺は、久しぶりに見る夕日に目を細めながら、ゾンビのような歩き方で歩いていた。ちょうど公園の横を通り過ぎようとした時、公園の中から叫び声が聞こえた。
「我が名は、セイクリッドパラディンナイトォォォォォォォォォォォォ!」
……思考停止した後に、俺は驚いた。急に叫び声を出されたことに対してでも、名前の意味が被っていることに対してでもない。叫び声が中年男性のようなものであり、声の出所であろう滑り台の上に立っている人物も、見るからに中年男性だったからだ。驚いたまま動けずにいると、セイクリッドパラディンナイトがスタスタと歩いてきて、話しかけてきた。
「このとてつもない魔力……貴様、我々の同胞だろう?名を名乗れ!」
「しゃ、
反射的につい答えてしまった。
「それは、表の名ではないか?私は貴様の真名を聞いているのだ。」
冷や汗が頬を伝う。目の前の男のせいで、思い出したくない記憶を思い出してしまった。目の前の男--厨二病患者のせいで。
俺は中学生のとき、厨二病だった。大声で名乗ったり、口調を変えたり、まさにセイクリッドパラディンナイトのようだった。しかし、親に突っ込まれてから目が覚めた時ほど、恥ずかしいことはなかった。そして、次の日からの学校生活ほど、人が怖いことはなかった。
早く帰って忘れたい。心の中で「逃げる」を選択しながら、口を開いた。
「やだなぁ、セイクリッドパラディンナイトs」
「ナイトでいい。」
「では、ナイトさん。私はその、厨二病とかではないので、真名なんてないです。急いでいるので、これで失礼します。」
俺は逃げ出した。
「待て、我にはわかる。貴様は我々と同じ厨二病だ。何故、己を解放しないのだ!」
しかし、回り込まれてしまった。中学生時代のトラウマと、しつこいナイトへの苛立ちで限界になり、本音を言ってしまった。
「俺はもう、子供みたいなことは辞めた。一生社畜のまま一人で死ぬんだよぉぉぉ!」
自分で言ってから気付いた。俺はこの先、何十年も奴隷のように働くのだ。そう思うと、涙が溢れてきた。そんな俺に、ナイトは片手で顔を隠した決めポーズで言ってきた。
「何故辞めたのだ。質問に答えろ。」
一度放った本音は、決壊したダムのように、押し止まることはなかった。
「できもしないことを、できると思ってカッコつけて、自分だけがアニメみたいに魔法を使えるなんてことがないと気付いたからだ!」
泣きながらナイトを睨む。もういいだろうと公園を出ようとしたが、ナイトが肩を掴んできて、こう言った。
「できないからと言って、諦めることはない。主人公は貴様だ。そして、想像は時に現実まで力を及ぼすのだ。」
俺は棒立ちで、ただナイトの言葉を聞いていた。涙はいつの間にか止まっていた。
「世界に拒まれ、奴隷の首輪を嵌められし、哀れなものよ、今、セイクリッドパラディンナイトが解放してやろう!シャイニングディスペルスラッシュ!」
と叫ぶや否や、ハサミで俺のネクタイを切ってきた。普通なら怒っていたが、何故か感じるそこはとない解放感で怒りが湧かない。
「さあ、貴様は自由だ。私の秘密結社の連絡先をくれてやろう。何かあったら連絡しろ。さらばだ!」
ナイトは去っていった。足元に落ちたネクタイをゴミ箱に捨ててから、ふかふかのベッドで寝ることだけを考えつつ、家に帰った。
目覚めると、外が暗かった。時計を見ると、一日寝ていたらしい。明日は出勤しなければならない。
そういえば、上司の指示通りにやったのに、そんなこと指示していないとか怒鳴られたこと多かったな。イラついてきた。
通販で色々ポチってから、今すぐ読みたいラノベだけ買いに行って、読んで寝た。
実にいい休暇だ。
出勤の日だ。でも、俺は自由だから関係ない。髪を切りに行って、焼肉食べて、アニメを一気見する。電話はうるさいから壊した。懐は痛いが、スマホで済むから気にしない。
夜7時、チャイムが鳴った。通販で買った物が届いたのだ。これで準備は整った。
無断欠勤の次の日。いつも通りのスーツで会社に向かった。違うのはカバンの中身と、ネクタイがないことだけである。会社に入る何人かと同じように、死んだ魚の目をして会社に入った。上司が近くにいたらバレるが、社員なら仕事に集中しているのでバレない。真っ先にトイレに向かい個室に入る。カバンの中身を取り出し、着替える。後は勇気を出して出るだけだ。
黒のブーツに黒のズボン。白の半袖シャツの上に、黒のコートを袖を通さず羽織る。両手の甲には包帯が巻かれ、右眼は眼帯で隠れている。首には銀の十字架のネックレス。
これでこそ、"私"だ。
社畜どもが行き交う廊下を我が物顔で歩く。時折、私の魔力量に驚いてか固まるやつもいたが、どうでもいい。気にせず歩き続け、目的のシステム部に入る。私が封印されている間、仮人格が所属していた部だ。そして、そのときの上司......システム部の部長のデスクに行く。なにやら、推しの配信を見ながら、ゲームの周回ををしているようだ。大層な身分だ。仮人格とはいえ、こいつに受けた仕打ちに対しては仕返ししなくてはならない。大きく息を吸って、私は叫んだ。
「私の名は、オクルス・マルス・ディーモン・レックス!魔眼の魔王なり!」
仕事に集中していて、私に気づいていなかった社畜が全員私の方を向いた。部長は固まって言葉が出ないようだ。
「今、私の魔眼の封印を解放する!私の強烈な魔法に恐れ慄け!」
右眼の眼帯を外す。そして、ゆっくり右眼を開く。赤のカラーコンタクトにより、いい感じになっていることだろう。
「禁呪・死神の支配!この空間は私が支配した!」
社畜どもは私を畏怖、あるいは尊敬などの私に対する崇高な念が混ざり合ったような、輝きのない眼で見る。しかし、二つの意味で面の皮が厚い部長だけは喋り出した。
「どんなキチガイかと思ったら、斜竹度じゃないか!無断欠勤などs」
「私は魔眼の魔王ォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
部長が言い切る前に遮ってやった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「職務を全うせず、不条理を押しつけ、私の仮人格を好き放題扱ってくれた貴様に天誅を下す!」
部長の頭に、スパァーンといい音を立てながら、辞表をたたきつける。机においてから、左膝をあげ、左手で顔の右半分を、右眼が見えるように隠し、右手を部長に突き出した決めポーズで叫ぶ。
「コッルプティオ・エクセクラーティオ(堕落の呪い)!」
顔を隠していた左手で素早く首のネックレスのボタンを押す。十字架の中央から赤い光が溢れる。左手を顔に戻してから続けた。
「貴様の人生は、これから堕落の一途を辿る。そしてその終着点は地獄だ!」
決まった......
三秒くらい余韻に浸った後、部長のパソコンを操作する。部長が見ていた配信に五万円のスーパーチャットを送った。内容は、この会社の実態の告発だ。無関係の配信者には迷惑な話だが、八万人ほどの目に入ったはずだ。各種SNSにも同様の投稿をし、宣言する。
「裁きは下った。おまえたちを縛っていた豚もこのざまだ。各自の好きにするといい!」
社畜の大半が部長の方に動いたのを見て、その場を立ち去る。
後日、残業代は社畜たちに支払われ、会社は倒産。部長はフルボッコにされた後、路頭に迷ったらしい。
外に出ると、達成感、解放感、優越感などに包まれる。特に解放感がすごい。なにせ、私は今、無職なのだから。すべてが片付いたので、ある番号に電話をかける。
「ひれ伏せ、私は魔眼の魔王なり。」
--半年後、あるビルの屋上にて。
「我が名は、セイクリッドパラディンナイトォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
「俺は......ミスト族の末裔、アホリーム・オーバーアクマだ!」
「永久に燃える炎と永久に凍てつく氷が合わさり最強になった、拙者見参!」
と、様々なものが名乗る。ここは公園で会ったナイトの会社だ。部長を倒した報告をナイトにして、無職になったことを告げると、さくっと雇ってくれた。なんでも、厨二病の厨二病による厨二病のための会社らしく、厨二病向けの服やアイテムを売っているらしい。私が買った服や眼帯も、ナイトの会社の商品だったらしい。社員は全員厨二病だ。そして社内ルールはただ一つ。互いの世界観の尊重だけだ。ぶっ飛んだ設定でも否定されないので、己を解放できるいい環境だ。晴れの日のみ行われる、朝の名乗り集会は、気分がハイになるからという理由で、ナイトが習慣にしたらしい。順番は入社順だ。64人の名乗りが終わり、最後は私の番だ。他の誰にも負けないように息を大きく吸い込み、名乗る。
「私の名はぁ!オクルス・マルス・ディーモン・レックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!魔眼の魔王なりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
~完~
俺の名は…… @owatan_
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