少しずつ、互いを知って
私は深呼吸をして、涙でぐしゃぐしゃになった顔をレオンハルト様へと向ける。
こんなこと言ったら失礼かな? 不快な思いさせちゃうかな。でも、聞いてくれたら嬉しいな。
そんな気持ちで、彼にこう伝えてみた。
「レオンハルト様のお手を、私の両手で包んでも良いでしょうか?」
「いくらでもどうぞ。ただ、何か意味が?」
「今日の記念に、貴方の体温を手に焼き付けておこうかなと……ごめんなさい、変なお願いで。あの、無理には」
「なら、こちらにしましょう」
「!?」
そんなつもりはなかったの。手だけで良かったの。
片手で繋がれれば満足するはずだったのよ。
なのに、レオンハルト様は、手を差し出す代わりに、その身で私を包み込んでくれた。外だからとか、誰かが見てるかもとかそんな恥ずかしさは秒で吹き飛んだ。
このふわふわとした気持ちは何かしら。先ほどまで痛んでいた心臓が、今度はドクドクと悲鳴をあげている。まるで耳元で鳴っているかのように響くそれは、止まることを知らない。
私は、想像の上の上の上を行く彼の行動に、喜びを知ってしまった。
「嫌じゃないですか?」
「嫌じゃ、ない、です……」
「温かいですか?」
「はい、温かいです」
「良かったです。こんなところでごめんなさい」
「うっ、ふぅ、うぅあ……」
温かい体温、声、吐息……。全てが、私の涙腺を緩めてくる。彼は、この1年の私の処遇を「頑張ったね」と言ってくれてるような気がした。何も知らないのに、そう思ってしまった。
私ね、本当はソフィーが羨ましかった。
異術が何? 私は、お父様お母様の娘でしょう? どうして、今日から愛してくれなくなったの? そう、何度も何度も、別棟に押し込められ案内された部屋の壁に向かって文句をはいた。でも、壁だから返答はない。
今まで仲良しだったソフィーも、私に話しかけてくれなくなってそれも悲しかった。だから、死に物狂いで伯爵のお仕事を頑張ったのに……私は未だに別棟の小さな部屋に住んでいる。
そうなるなら、初めから愛してくれなくて良かったのに。
誰かに愛されることを知ってしまったから、この1年がとても辛かった。苦しかった。与えられなくなるなら、初めから与えないで欲しかった。
でも今、この1年の辛さが緩和されていくように、苦しさが消えていくように感じる。だから、涙が止まらない。
「今、少しだけ癒しの異術を使いました。泣くのを我慢していたんですね」
「……ふび」
「ふふ、申し訳ないですが、泣いた顔も可愛らしくて困る」
「うぅ……それは」
「身体が痛むところはないですか?」
「は、はい。特に」
「良かった。前回も、ステラ嬢が病室でパニックになった時に異術を使ったのですが弾かれてしまいました。もしかして、貴女も異術持ちだったりします?」
「い、いえ。ソフィーは持っていますが、私は開花しませんでした」
「そうですか。不思議ですね、こうやって抱き締めていると、異術回路が整頓されたようにクリアになる。貴女の能力かと思いました」
「違うと思います。私は凡人ですから」
しばらくして泣き止んだら、何故か笑われてしまった。でも、嫌味ったらしいものじゃなくてとても心地良い笑いだわ。こんな笑い声なら、ずっと聞いていたい。
レオンハルト様こそ、不思議な方だと思う。異術を2種類お持ちになっていらっしゃるし、こんな私に交際を。交際を……。
……それって、まだ有効かしら。
前言われた時は理解が追いつかなかったけど、今ならお返事ができる気がする。
「あ、あの、レオンハルト様」
「はい、なんでしょうか」
「あ、そっ、その……。あの、前に仰っていた……こっこっ交際のことで」
「お返事をいただけるのですか? え、待ってください。心の準備が……」
覚悟を決めて話しかけると、彼と繋がっていた身体が急に離された。そこに吹いてくる隙間風が寒すぎてびっくりしたわ。
でも、それ以上に、レオンハルト様が真っ青になってオドオドし始めたのに驚いた。私の目から見ても、緊張しているのがわかる。
なんだか、今は気持ちに余裕があってちゃんと周りを見られるわ。これって、異術のおかげ?
まあ、そのおかげでこうやって慌てふためく彼が見れるのだけど。私がパニックになってる時って、こんな感じに見えるのかな。なら、早く話した方が良いよね?
でも、何を言えば良い? 彼のことは、良くわかってないしアピールポイントだって……そうよ! アピールポイントを話せば良いんだわ!
「あの! その、わ、私どんくさいですし、すぐパニック起こして暴走しますし……まだ、レオンハルト様のこともよくわかっていません。でも、書類処理はちゃんと出来る自信ありますし、公共料金の集計や予算案出しも最近ミスなしでできます。計算だけじゃなくて、一通り周囲国の言語は読めますし、法律も勉強中ですが大体は理解しています。あと、えっと……その、レオンハルト様のたっ、体温が……その」
「気に入ってくれましたか?」
「……はい。ごめんなさい、気に入ってしまいました」
「では、改めて。……私と、交際していただけますか?」
「私で良ければ、その、ふつかか……ふつ、ふ?」
「ふはっ! ステラ嬢、好きです。ずっと、好きでした。嬉しい……」
あああ、肝心なところで噛むって! 私はもう!
でも、レオンハルト様が笑っていらっしゃるからなんでも良い。
それに、本当に心が軽いわ。
異術ってすごいのね。こうやって、心を癒やしてくれるなんて。今まで良いイメージがなかったけど、レオンハルト様の異術なら怖くないかも。
「わっ、私も、その……これからレオンハルト様のことを知ってもっとお近づきになりたいです」
「はい、是非知っていただきたいです。貴女のことも、もっと知りたい。能力値じゃなくて、好きなものや嫌いなものとか。先程は、能力値を話されるので騎士団の入団面接を思い出してしまいました」
「えっ、あ……。すみません、返事をどう返したら良いのかわからなくてそう言いました」
「ふふ、そういうところも好きですよ」
こうして、私はレオンハルト様と恋人同士になった。
彼が作ってくださった3時間は早かったわ。
告白を受けて、再度白鳥を見て。少しベンチに座っておしゃべりして、整備された湖の周りも歩いて……。
とても幸せな時間だったことは、確かね。
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