銀髪の軍人さん


 サンザ地方は、徒歩で行けるところだった。きっと、うちのお屋敷の場所を調べたのね。律儀だわ。


 こういう人なら、妹も安心して会えるわね。もしかしたら、子を産める産めないなんて些細な問題として婚約してくれる人かも!?



 たしかに、子を産めないのは子孫繁栄を途絶えさせることだから一大事だわ。それはわかる。わかるけど……やっぱりお互いに愛があればなんでも良い気がするの。昔読んだ絵本にもそんなこと書いてあったし。


 ソフィーが良ければ、私が代理で産んでも良いわ。そういうことでしか、妹の役に立てないし。でも、私はソフィーと違って閨教育なんて受けたことがない。子は、どうやってお腹に宿すのかしら? 口から神聖なものを取り入れるとか? せっかくなら、美味しい味が良いな。チョコレートとか、氷砂糖とか。



「……ここのはずなんだけど」



 指定された広場に着いた私は、その中で1番目立つところ……中央の噴水の前に来た。なんだか寒気がするけど……気のせいね。胸が苦しいのは、いつものことだし。私ったら、緊張してるね。


 もちろん、殿方からいただいた手紙も持ってきたわ。代理で来た証拠が必要でしょう? それに、便箋と万年筆をカバンから出して……。



 しまった! なにか板を持ってくれば良かったわ!


 この辺じゃ、文字を書くような場所がない。初っ端失敗したわ……。ごめん、ソフィー。



「失礼。ベルナール伯爵家の方でしょうか?」



 どこか、文字を書けるところないかしら……。噴水の縁は……便箋が濡れちゃうか。ベンチは隙間があって木目がボコボコしてるし、街灯のポールに便箋を押しつけて……は、失礼だわ。



 ああ、どうしよう。


 今からお屋敷に戻りたい。でも、そうすれば予定の時間に遅れてしまうわ。あと3分で帰って板を持って戻ってくるなんて、人間技じゃ無理だもの。……ソフィーなら、できたかな。種類はわからないけど、異術持ちだし。


 こういう時、羨ましくなる。



「お嬢様、大丈夫ですか?」


!?」



 広場に設置された時計を見て泣きそうになっていると、突然誰かが私の視界に現れた。そこで、先ほどまで賑わっていた広場がシンとなっていることに気づく。


 あたりを見渡すと、なぜか殆どの人がこちらを……というか、目の前で私に話しかけてくる殿方を見ているわ。



 その殿方は、どこかで見たことがあった。


 太陽の光に透き通るかのようなシルバーの髪を後ろ手に縛って、私を真っ直ぐに見つめている。翡翠色の瞳は、何故か「困った」ように見えるけど……。やっぱり、ソフィーじゃないからびっくりしてるのね。


 ということは、この殿方が手紙の主ってこと?



「し、失礼しました……。えっと、ベルナール伯爵の長女、ステラと申します。本日は、事情があって妹のソフィーの代わりに参りました。あの、こちらに便箋がありますので、ソフィーへのご用件をお書きいただきたく……」


「……えっと」


「あっ、そうですよね。書く場所がないですよね。ごめんなさい、下敷きを持ってくれば良かったのに私ったら。あの、良ければ私が代筆して……って、内容が私にバレちゃいますよね。本当にごめんなさい……」



 この殿方は、見る限り軍人だわ。


 お父様のようにポチャッとしてないし、かと言ってうちの庭師のダイナーのようにほっそりともしていない。服越しにでも、鍛え抜かれた身体がわかる。



 ああ、終わった。不敬罪で私は打首になるのね。


 もっと良く考えて行動すれば良かったわ。あの手紙が入っていた書類は、王宮から送られたものでしょう。入れられるとしたら、王宮でしかない。どうして、それに気づかなかったの? こんな見窄らしい格好で来て、私ったら。



 私は、両手に持っていた便箋……しかも、あまり質の良くないものに視線を向ける。申し訳なさすぎて、殿方のお顔が見れない。


 なんなら、泣きそうだわ。



「……あの、良く状況がわかっていないのですが、貴女様がベルナールの長女ステラ様ということでよろしいでしょうか?」


「はい……」


「やっぱり。初めまして、私は王宮で騎士を務めておりますレオンハルト・オルフェーブルと申します。先日は、お呼びくださったのにも関わらずご挨拶に行けずに大変失礼しました」


「ご丁寧にありがとうございます。さあ、行きましょう」


「……どちらに?」


「不敬罪で牢屋に。覚悟はできています。お手数をおかけしますが、嘆きも暴れもしません」


「は……?」



 ほら、やっぱり軍人さんだった。


 ってことは、この手紙の主はどこかでこの様子を見ているのね。ソフィーじゃない私が来たから、軍人さんを寄越したんだわ。だから、私の名前を知っていた。


 きっと、周りの人が静かになったのも、私が捕まるのを見てるのだわ。これで合致した。



 カバンに便箋をしまった私は、両手を前に出して拘束しやすいようにした。少しでも、相手を困らせたくないし。


 さあ、捕まえてちょうだい。逃げも隠れもしないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る