01:不思議な出会い
宛先の曖昧な手紙
妹の婚約者パーティから数日後。
私は、狭い自室で机に向かって頭を抱えていた。
「うーん……」
今の今まで、伯爵のお仕事をしていたの。異術に目覚めなかったから、せめてお父様とお母様のお仕事を手伝わないとね。
でも、今はそれらをそっちのけにしてでも、悩まなきゃいけないことがある。
机の上には、仕事の資料や記入しないと行けない書類がたくさん。問題は、ここからよ。その上に、1通の手紙が置かれている。
これは、1年前まで私の専属メイドだったマーシャルから受け取ったA4サイズの封筒の中に入ってたもの。仕事の書類がどっさり詰まっていてね、最初開けた時はげんなりしたわ。
仕事の書類は、私がいつもこなしている市民の納税内容が適切かどうかの確認書と、食料の供給がどこかで止まっていないかの確認書、それに、城下町に出店するために必要な許可の確認書と、確認のオンパレード! 気が滅入るわ。
って思ってたら、ちょうど出店許可の確認書にこれが挟まっていたの。
『親愛なるベルナール伯爵のご令嬢殿。先日は、パーティにお呼びくださりありがとうございました。ご挨拶ができず、失礼しました。ぜひ、一度お会いできればと思い手紙を入れさせていただきました所存です。よろしければ、この手紙を受け取った日の14時にサンザ地方の一番大きな広場でお待ちしております』
……これって、私宛とは限らないわよね。だって、「ベルナール伯爵のご令嬢」は私だけじゃないし、そもそも私をそう呼ぶ人は居ないし。
だから、この手紙をソフィーに渡すかどうかでもう30分近く悩んでるの。もちろん、渡すこと自体には悩んでないわ。悩んでいるのは、本邸に行くか行かないかなの。
私は今、使用人が寝泊まりする別邸に居る。もう、本邸に半年以上足を運んでいないな。
本邸に出向いたら、「ここは神聖な場所だ! 異術がないお前が入るところではない」ってお父様に怒られるの。優しかったお父様の記憶だけを持っていたいから、あまり見たくない。「あんたを産んだのが、私の恥だ」と叫ぶお母様ももう見たくない。
それに、今は予想していた通りソフィーが熱を出して寝込んでるみたいでね。……大丈夫かしら。異術に目覚めなかった私には妹を心配する資格すらない。本邸に入れないんだもの。
「……うー。本邸に行くくらいなら、私が便箋を持って広場に出向いて一筆書いてもらったほうがマシ。……でも、この殿方はソフィーが来ることを望んでるのよね。そこに、私が行ったらがっかりするわ」
それに、もし高い爵位を持つ相手だったら不敬として罰せられるかも。軍人とかで階級持ってる人なら、私の人生終わるわ。それは勘弁。今の生活に不満がないわけじゃないけど、だからと言って死にたくない。
私は、成人して王宮で住み込みで司書として働くのが夢なんだから!
でも、無視してソフィーが罰せられたらどうしよう。
身体が弱くて子を産めるかわからないから、婚約者が見つからないのに。……そういえば、あのパーティでめぼしい殿方は見つかったのかしら? そう言う情報は、ここに来ないのよね。
まあ、私が心配しても仕方ない。だって、彼女は異術の持ち主なんだもの。
「よし、パッと行ってパッと帰ってくる! そうしよう」
クヨクヨしている時間がもったいないわ。14時って、そんな時間ないじゃないの!
私は、この部屋に押し込められた時と同じ気持ちになって、机の引き出しから便箋数枚と万年筆を手に取る。
なせばなる! なさなかったら……その時考えましょう。
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