第2話 9 Days Ago

 莉緒は会社の最寄り駅の飯田橋に到着すると、待ち合わせ場所に向かうため改札を出て飯田橋駅の歩道橋を左に曲がる。

 

 冬の冷たい風に手袋を着けていても手先が凍えそうになりながら待ち合わせ場所に向かって歩いていると、長身で細見の優しい顔をした男性を見つける。

 莉緒は満面の笑みを浮かべながらその男性の元に小走りで向かう。

 男性も小走りしている莉緒を見ると笑顔を浮かべる。

 待ち合わせの相手は5歳年上の恋人の律だ。

 同じ会社で働いていて、社内恋愛を認めている会社なので、オープンにして付き合っている。

 

 走り寄ってきた莉緒を見ながら、律は笑顔で、

「おはよう、莉緒」

 と優しく声を掛ける。

 莉緒は弾んだ息を整えながら、

「おはよう、律!」

 莉緒も笑顔で挨拶を交わす。

 2人は川沿いを歩きながら神楽坂方面に向かって歩いていく。


 莉緒と律は付き合い始めて1年程で、何となく、朝の待ち合わせの習慣ができた。

 神楽坂の途中にある会社までの10分程の道を他愛のない話しをしながら歩く。


「じゃあ、また夜にね」

 会社のエレベータで先に降りるのは律。

「あとでね」

 と莉緒は手を振って律を見送る。

「今日も頑張りますか!」

 莉緒は誰も乗っていないエレベータの中で気合を入れた。


「小野塚さ~ん!」

 妙に間延びして名前を呼ばれた莉緒は声の主に体を向ける。

「上条さん、何かありましたか?」

 同い年の同僚の女性が声を掛けてきた。

「ランチ一緒にしませんかぁ?」

 と声を掛けてくる。

「もうそんな時間なのね」

 PCの時間表示を見ると11時45分になっている。

「早くいきましょうよ~」

 急いでお財布とスマホを持ち、上着を羽織るとお気に入りの店へと走っていった。


「莉緒、今日は何とか限定ランチにありつけましたよぉ~」

 上条さんが嬉しそうに話す。

「紗奈が声を掛けてくれなければ間に合わなかったかもね」

 2人して顔を見合わせて笑い合う。

 同い年と言うこともあり、会社の中では苗字で呼び合っているが、仕事を離れると下の名前で呼び合っている。

 お互いに25歳で、ランチが到着するまでの話題は結婚について話すことが多い。

「でもぉ、莉緒は久我さんがいるから、いつでも結婚できるじゃないですかぁ」

 久我、というのは律の苗字だ

「でも、私が結婚したいと思っても、相手の気持ちが結婚に向いていなければできないでしょ?」

 紗奈は、間延びした声で、確かにぃ、と頷く。

 その時にタイミングよくランチがきたので、食べることに集中する。

(結婚かぁ……もう付き合って1年だし、それとなく聞いてみようかな?)

 莉緒は夜のことを考えながらランチを終わらせる。

 お互いにランチを終えると、足早に職場に戻った。


 職場に戻ると、月末の請求書処理に追われる。

 気づくと終業チャイムが鳴り響き18時を告げている。

 今日の待ち合わせはJR飯田橋駅の改札に19時だから、あと30分程は残業できる。

 それなら、と極力処理できるものは処理していくことにした。


 少しだけ残業をして、足早に飯田橋駅に向かう。

(だいぶ処理したけど、何件かは内容不明のがあったから、明日朝一で確認しないと……)

 飯田橋の駅ビルでトイレに入ると、化粧を直し、髪を整えてから、JR飯田橋駅の改札に向かった。


 改札の近くで莉緒がスマホを見ていると、

「待った?」

 と律の声が聞こえてきた。

「ううん、そんなに待っていないよ」

 律は走ってきたのか、冬なのに額に汗を浮かべている。

「もしかして、仕事終わってなかった?」 

 律は頭を振って、

「……時間を忘れてデザイン画を描いてて、出るのが遅くなった」

「いいデザインが描けた?」

「うん。また社内コンペでトップになると思うよ」

 律は自信満々に笑うと、

「お腹すいたから、早く行こうよ!」

 と莉緒の手を取って改札を入ると東京駅に向かった。


 東京駅の丸の内側に出て、イルミネーションを見ながら進んだところのレストランで食事をする。

 明日も仕事があるけど、ワインを飲みながら今度の連休の過ごし方について話す。

 お互いに美術館巡りが好きなので、今、どういった展示会が開かれているか、確認しながら行きたい美術館を決めていく。

「1日莉緒といれるのも久しぶりだね」

 律はちょっと照れたように笑う。

「だね」

 莉緒も小さく笑うと、

「早く連休になってほしいね」

 と顔を見合わせて微笑みあった。


『おかえりなさいませ』

 うん、ただいま~

『今日は10,453歩歩きました』

 結構歩いたなぁ。


 家に戻って、スマホのマナーモードを解除すると、とたんにスマホがしゃべり始める。

 莉緒は風呂場に行くと、洋服を脱ぎ、軽くシャワーを浴びながら化粧を落とす。

 洗顔後は化粧水、乳液、美容液をつけて、これから読む本を持ってベッドに潜り込む。


『りおさん、お休みの時間ですか?』

 もうちょっと本を読んで眠るよ~。

『明日の天気は、晴れ、降水確率は0パーセントです』

 洗濯日和だなぁ……。


『そうだ、りおさん。あと9日後に亡くなります』

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