45.クイーンの矜持


 私はお爺ちゃんを殺さない。

 そう言った時のお爺ちゃんの顔は、すごい間抜けだった。


 でも、すぐに怒ったような顔になって、次は感情の見えない顔になって、忙しそうにしている。

 そして最後は──


「ふ、ふふ……」


 ──笑っていた。


「ふ、はははは! 何を言うかと思えば、本当に……親子揃って底の見えない大馬鹿者だ! 此の期に及んで儂を殺さないだと!? だったら儂は最後の時までクレア──貴様と、貴様の街を陥れてやる!」

「え、それは困る……」

「ならば殺せばいいだろう! 負けた上に見逃されるより、ここで殺されたほうが何倍もマシだ!」


 生きるよりも殺されるほうがいい?


 …………どうして?


 命はあったほうがいいに決まっている。

 だって、生きていなきゃ何も始まらないから……。

 やりたいことは中途半端に終わるし、やり残したことがあると後から分かっても、その時に死んでいたら何もできないんだよ?


 なのに、どうしてお爺ちゃんは……そんな悲しいことを言うの?


「クロ……」


 こういう時、クロはいつも私に助言をくれた。

 だから今もどうすればいいかを教えてほしいって見つめたけれど、クロは静かに首を振った。


『これ以上、我々が踏み入ることは出来ぬ。これは主の問題だ。ここで我が介入することは容易だが、それをしてしまえば主は……今後も、その選択が本当に正しかったのか悩むだろう』


 私一人で決めろ……ってこと、なのかな。


 急にそんなことを言うなんて酷い。

 いつもクロは、私が困っていたら親身になって相談に乗ってくれた。今まで一度も、突き放すことはしなかった。どんな時でも優しくしてくれた。私が考えている以上の結果を出してくれた。


 ……でも、クロの言いたいことも分かるような気がする。


 認めたくないけれど、これは私達の問題だ。私とパパと、お爺ちゃん──家族だけの問題なんだ。


 この件は、家族じゃない部外者が関わっていいことじゃない。

 だから、私一人で選択しろって言いたいんだよね?




 私は考える。


 お爺ちゃんを殺さないって言ったばかりだから、それを覆すつもりはない。

 でも、ここでお爺ちゃんを殺さないと、お爺ちゃんはずっとこの先も私達に意地悪をするつもりだ。頑固なお爺ちゃんのことだから、一度やると言ったら死ぬまでやり続けるよね…………うん、それは困る。


 ──私はお爺ちゃんを殺したくない。

 ──お爺ちゃんを殺さなきゃ、この問題は解決しない。


 問題がぐるぐるって、頭の中で回っている。

 どうすればいいんだろう? どうすれば、みんなが安心できる生活に戻れるんだろう?


 お爺ちゃんの手足をもぎ取る?

 吸血鬼は再生能力が発達しているから阻害魔法を掛けて……そうすれば二度とお爺ちゃんは自分で行動できなくなる。殺しはしない。ちょっと痛いけど、平和的な解決になると思う。


 でも、頑固お爺ちゃんのことだ。

 その平和は一時的なもので、どうせすぐ誰かに命令して、またこの街を襲わせるよね。



 ……………………ん、命令?



「あ、そっか」


 分かった。命令すればいいんだ。


「クロ。お爺ちゃんをこっちに」

『了解した』

「なんだお前、何をす──ギャアアアア!?」


 クロがお爺ちゃんの頭を咥えて、ボトッて私の目の前に落としてくれた。


「次、ローム。暴れないように抑えて」

『はーい』

「やめろ! この儂から離れ──ギャアアアア!!!」


 ロームはお爺ちゃんに馬乗りになって、四肢を踏みつけた。

 その時に何かが砕けるような音が聞こえたけれど……うん。生きているから問題なし。


「シュリ。お爺ちゃんの口を開いて?」

「はいはーい。ほぉら怖くないわよぉ〜。だからおとなしく、ね?」

「──っ!?!!?!!」


 シュリは強引にお爺ちゃんの口を大きく開いた。

 その拍子に『ゴギャッ!』っていう変な音がしたけど、まだお爺ちゃんの息はあるから多分、大丈夫。


「ん、これで静かになった」


 私は自分の指を小さく噛んだ。

 そこから滴る私の血液を、大きく開いたお爺ちゃんの口に流し込む。


「──受け入れて?」


 私がやろうとしているのは、血の契約だ。

 普通、これは血を授かる相手が契約を受け入れなきゃ成立しないんだけど、吸血鬼には一つの決まりみたいなものがある。


 それは、上位の吸血鬼には逆らえない……ということ。


 私は『高貴なる夜の血族クイーン』だ。

 下級の吸血鬼は、最上位の吸血鬼の言葉に従ってしまう。

 ちゃんと強く言わなきゃ反発されちゃうけれど、それでもまず初めに私の言葉に従おうって体が勝手に動くから、私が一度でも「受け入れて」と言えば、頭がそれを否定しても本能が受け入れる準備をする。


 今回は、その性質を利用させてもらった。


「ん、これで血の契約は……完了」


 私とお爺ちゃんの間に、視覚では捉えられない線が繋がった。


 これでお爺ちゃんは私の配下になったけれど、他の魔物みたいにお爺ちゃんを私達の街に迎え入れることはできない。

 無理矢理入れてもみんなが嫌がるだろうし、この街に居てもお爺ちゃんは馴染めないと思うから……。


 だから私は、主として命令する。


「二度と私達に関わらないで。魔物に意地悪をするのもダメ。これからずっと……死ぬまで西側の領地で大人しくしてて──命令だよ」

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