31.最悪の初対面1(クロ視点)


 ──再び西の魔物が凶暴になっている。

 そのような情報を得た我は、ラルクと共に西へと向かった。


 様子見だけが目的だったため、他は連れてきていない。

 我々の速さに追いつける魔物は少ないため、余計に引き連れてくれば逆に帰還が遅くなってしまう。半日も主の顔を見られないのは耐え難いため、極少数での日帰り調査を決行することにしたのだ。


『……以前に、報告で聞いた通りだな』


 我が西側を訪れるのは、これが初めてのことだった。

 ラルクから魔物が凶暴化しているとの報告があったため、それなりに警戒して進んでいたのだが……これは我の予想の範疇を超えていた。


 魔物は我々を見つけた途端、有無を言わさずに襲いかかってくる。

 内に秘めてある魔力を解放し、それにて威圧を目論んでもダメだ。少し怯えた様子は見せたが、すぐに無謀と言える特攻を仕掛けてきた。


 話し合いなど、以ての外だ。


『前まではここまで酷くなかった。まだ話せる奴はチラホラと居たのだが……』

『……では、やはり?』

『ああ。吸血鬼が動いたのだろう』


 相手が吸血鬼だと判明した時点で、警戒はしてきた。

 侵入者を送り込んできたことで、更にそれは強化した。


 しかし、それだけでは足りないかもしれない。


 例えば吸血鬼との全面戦争になった場合だ。

 街を守り抜くことは可能だ。我らブラッドフェンリルがいるし、主の作り出した結界もある。負けることはないが……それでも多少の被害は出るだろう。


 吸血鬼だけなら、まだその程度で済む。

 だが、もし吸血鬼が西の魔物を煽って怒りの矛先を我らに向くよう仕向けたら、戦況はより厳しくなる。


 一つの区間だけでも相当な魔物が生息している。

 それらを相手にしながら街を守ることは難しいだろう。我らの力も無限ではなく、主の結界もどこまで耐え続けられるか分からない。


 そうならないために行動したいのだが、さて……どうするか。


『ラルク。前に協力者がいると言ったな? 彼らとの連絡は今も続いているのか?』

『ああ……だが、今はあまり期待できない。彼らも情勢が変わったことで、動きづらい状況に追い込まれているようだ』


 協力者から何かしらのヒントを得られればと思ったのだが、それも難しそうだ。


『折角ここまで来たのだ。実際に話してみたいのだが……』

『ならば、彼らとの集合地点に行ってみよう。いつでも連絡を取り合えるよう、交代で見張ってくれているはずだ』

『ありがたい。案内を頼む』


 両者が連絡を取り合っているという場所に向かう途中、その方向から異質な臭いが漂ってきた。


『…………血の臭い、だな』


 魔物のような臭いではない。

 以前に一度だけ嗅いだことのあるものに、似ている。


 これは────


『嫌な予感がする。クロ』

『ああ、行くぞ!』


 木々の間を駆け抜ける。

 道中も魔物の邪魔が入ってきたが、すれ違いざまに屠った。今は一刻を争う。会話が可能かどうかを調べている暇は無かった。


『この先に連絡を取り合っていた場所がある』


 道理でラルクの足取りに迷いがなかったわけだ。

 しかし、血の臭いが漂ってくる場所と、協力者との集合地点が同じ位置にあるならば、協力者が危ないかもしれない。


 ラルクもそれを考えているらしく、珍しく焦った様子だ。


 協力者が西側に住んでいることだけは分かっている。

 彼らはこの森を問題なく移動できる。それなりの実力者だと思っていた。


 しかし、今は危険な状態に陥っているかもしれない。


 一体、何が起こった?

 多くの魔物に襲撃されたのか、もしくは別のものにやられたのか。


 その答えは、すぐに判明した。


『っ、これは!』


 そこには地獄のような惨状が広がっていた。

 地面は全体的に赤く染まり、鋭利なもので切り裂かれたような跡が残っている。

 協力者が潜んでいたと思われるテントには、夥しい返り血がこびり付き、近くにあった物資や蓄えていた食材は乱雑にぶちまけられ、火を放ったのか所々から焦げくさい臭いが立ち込めていた。


『……酷いことをする』


 ラルクは怒りを露わにしていた。

 当然、我も同じ気持ちだ。


『ラルクは生存者を探してくれ。……まだ血は乾ききっていない。もし逃げ延びれた者がいたなら、まだ近くに潜んでいるはずだ』

『分かった』


 指示を出し、我は現場の調査を行う。


 酷い有様だが、抵抗したような痕跡は見当たらない。

 協力者はここに潜みながら我々を待っている時に、奇襲を受けたのだろう。


 いくら周囲を見渡しても、足取りを掴めそうなものが見当たらない。

 襲撃者は相当な場慣れをしているな。


 時期が時期だ。どうしても我らの街に侵入してきた者と関連付けてしまうが、その予想は当たっていてほしくない。

 我の予想があっていたなら、それは協力者の存在が、吸血鬼にバレているということになる。

 それでは更に奴らは我々のことを警戒するだろう。

 最悪、早期決着を狙って吸血鬼が持つ戦力を街に送り出すかもしれない。


 まだ完全な準備が整っていない状態だ。

 今あちらが動き出せば、不利になるのは間違いなく我々の方だ。


 それに今は我とラルク──ブラッドフェンリルの半数が街を離れている。

 たとえ襲撃に備えられていても、街に残っている戦力だけでは吸血鬼どもに太刀打ちできないだろう。


『どうか、慎重でいてくれよ……』


 今は、そうあってくれることを願う他なかった。

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