第2章

1.街は今日も、いつも通り


 ノー……なんちゃら王国との衝突があってから、どれだけの時間が経っただろう。

 目を覚ました時、ブラッドフェンリルに与えた罰が終わっていたから……多分、一ヶ月以上は経っているのかな?


 その間、街はどうなったかと言うと、順調に発展しているみたい。

 新しく移住してきたミルドさんと、その仲間の人間さん達の協力のおかげだって、契約したみんなの嬉しそうな感情が私のところまで流れてきた。


 でも、まだまだ場所が足りない……って、クロが言ってた。


 街が発展するのに比例して、傘下に入りたいと交渉してくる魔物が増えるとか?

 詳しいことは分からないけれど、今の所はクロ達だけでどうにか出来ているみたいだから、私は安心。


「んじゃ、俺達はもう行くわ」

『ああ、頼んだぞ』


 微睡みの中、そんな会話が聞こえた。


「…………、…………ん、んん……」


 目を開けると、私の部屋を誰かが出ていくところだった。

 ……誰だろう? 男の人の声だったけれど、後ろ姿だけじゃ分からない。


『……む? 起きたか、主』

「ん、おはよ……クロ。今の、だれ?」

『おはよう。今のはミルドだ。森の開拓について話していたのだ。……起こしてしまったか?』


 ううん、と首を振る。


「森の開拓、するの……?」

『ああ、人間が増えたからな。食物を育てるための畑を作る必要があるし、住居を建てる場所も少なくなってきた。そろそろ開拓が必要だろうと、前々から計画していたのだ』

「……大変そう」

『問題ない。まだ主には報告していなかったが、実はドワーフ族に協力を得られそうでな。おかげで計画の進行が順調にいっているのだ』


 ドワーフ?

 ……名前だけは聞いたことがある。


 人型だけど人間よりは小さくて、物作りの技術が凄く発展しているんだっけ?

 昔読んだ本には、ドワーフのほとんどが職人気質で、すごい頑固者だって書いてあったけど、大丈夫だったのかな……。


『彼らは魔物ではないが、こちら側の者だ。向こうにも色々と事情があるらしくてな。主の加護を得られるならば協力すると言ってもらえたのだ。……この森の近場に、ドワーフの好みそうな炭鉱があったのが幸いだったな』


 ドワーフは魔物じゃない。

 でも、人間でもない。

 中途半端な人間だから、人間からは『亜人』って呼ばれているんだって。


 他にもエルフ族とか獣人種とかも、亜人って言われているみたい。

 私みたいな吸血鬼も、昔は亜人の部類に入っていたみたいだけど、大昔に人間と敵対してからは魔物って言われるようになった…………というのを、お父さんが教えてくれた気がする、多分。


「ドワーフは、どのくらいいるの?」

『一つの集落に二十人。その全てが主の加護を求め、この街への移住を希望している。許可してもらえるか?』

「……ん」


 断る理由がないから、コクンッと頷く。

 クロは安堵しているみたい。私が「嫌だ」って言うかと思ったのかな? みんなが私のために頑張ってくれているから、断るわけがないのに、心配性だなぁ……、


『実は、な……主が寝ている間に一度だけ、ドワーフ族の頭領をこの部屋に呼び出したのだ』

「…………そうなの?」


 ずっと眠っていたから、知らなかった。


「起こしてくれても、良かった……」

『無理に起こさず、姿だけでもいいから見たいとの希望だったのだ。そしたら満足すると、向こうからの願いだったからな』


 変なお願いだと思った。

 普通は話がしたいと思うはずなのに、姿を見るだけで満足するなんて……。


「その頭領さん? は、満足してた?」

『ああ。しばらく主を見つめた後に部屋を出て行き、その夜は豪快に酒を飲んでいたな。交渉のために何度か顔を合わせていたのだが、あれほど上機嫌な彼を見るのは初めてだった。十分過ぎるほどに満足したのだろう』

「…………そっか」


 なら、良いのかな?

 代表同士、話し合ったほうがいいのかなとも思ったけれど、それはもうクロがやってくれていた。


 あの一件以来、クロはすごく頑張ってくれている。

 ……クロだけじゃない。みんながより一層頑張ってくれたから、私達の街は、人間の街と比べても見劣りしない良い場所になった。


 街は今日も──平和。


 みんなが楽しそうにして、私は静かに眠れる。

 それは、とっても良いことだと思う。


『さて、軽い報告も終わったことだし……今日はどうするのだ?』

「ん、行く」


 ずっと寝ている私だけれど、たまには少し動いたほうがいいと思った私は、月に一度、クロと一緒に外に出る約束をしていた。ちょっとしたお散歩だ。


 街の端っこに、街を見渡せる丘がある。

 そこで眠ると体がポカポカして、すごく気持ちいい……。


 ふわふわのベッドで眠るのも好きだけど、太陽の光を浴びながらも最高。

 私以外の吸血鬼は、太陽の光を浴びるだけで瀕死になるから同じことはできない。本当に勿体ないと思う。人生の12割は損していると言っても、いい。…………流石に言いすぎた。


『クレア様、失礼します』

「……ん、んん……」


 今日の添い寝当番だったラルクに体を持ち上げてもらって、クロの背中に乗る。


『では行くか。ラルク、ここの守りは頼んだぞ』

『任せろ。何があっても、この場は死守する』


 ラルクの言葉は、いつも大袈裟だ。

 でも、それは私のことを好きだと思ってくれている証拠だから、嬉しい。


「それじゃあ、しゅっぱーつ………………ぐぅ……」

『早い早い。まだ歩き出してすらいないぞ?』

「……だって、クロの背中……すごく、モフモフで……眠くなるんだもん……」

『それは光栄だな』


 上機嫌に笑って、クロは私を落とさないようゆっくり歩き出す。

 体全体を包むモフモフと、心地いい揺れに──私はやっぱり、すぐに眠ってしまった。

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