7.残る者(ギルドマスター視点)


 ──モラナ大樹海に生息する魔物の生態が変化しつつある。


 ノーマンダル王国に自由連合組合──通称『ギルド』──のギルドマスターである、俺、ミルドは、そのような噂話が出始めてすぐに、ギルドに所属している冒険者を調査に向かわせた。


 モラナ大樹海は、全大陸で一番の広さを誇る巨大な森だ。

 大きすぎて森の奥深くは未だにだれも足を踏み入れたことがない。


 それは、魔物が大きく影響している。


 あの森に生息する魔物は、溜まりに溜まった魔力を沢山吸い込み、通常個体以上の強さと凶暴さを持つようになっている。だから腕利きの冒険者でも危険は大きく、奥に進むのに比例して、凶悪な魔物が出現するのだ。


 モラナ大樹海の奥深くは、誰もが怖がって近寄ろうとしない。

 昔、冒険者の中で最高ランクに位置する『翡翠級』の男が、うっかり森の深くへと踏み込んでしまった瞬間、災害級の魔物に襲われ、手も足も出ずに死んだという報告があってから、冒険者のほとんどは森にすらも入ろうとしなくなった。


 冒険者という荒くれ者のような仕事をしているが、結局のところ、誰も死にたくないのだ。

 どうせなら魔物なんかに食われることなく、寿命で静かに死にたい。それは人にとっての一番幸せな死に方であり、冒険者も人間である以上、それを望む。


 俺だってそうだ。


 元は冒険者として活動していたが、ある時にヘマして片足を失い、怖くなった俺は、冒険者を辞めて職員として働き始めた。こうして冒険者を統括するギルドマスターという立場になったが、いつまで経っても、片足を失った時の恐怖は忘れられない。


 きっとこの先も、俺はこの恐怖を抱えながら生きて行くのだろう。


 命が助かっただけ、俺は幸運だったのかもしれない。

 だが、冒険者である以上、俺みたいになる奴は珍しくない。


 誰もがそんな綱渡りをして、金を稼いでいる。


 冒険者になる奴は、様々な事情を抱えている。

 元奴隷でどこにも行くあてがない者。山賊などの犯罪者から足を洗った者。傭兵を落とされた者。頭が悪くて戦うことしかできない者。戦いが好きな者。親に捨てられ食い扶持がない者。何者にも縛られず自由に生きたい者。


 様々な理由がある奴らが集まり、魔物を狩るようになったのが、自由連合組合『ギルド』の始まりだと言われている。そして、それは今も変わらない。


 俺のギルドにも、そういう複雑な事情を抱えた奴らは沢山いる。彼らは自らが望み、冒険者になった。そうすることでしか生きて行けないと知っているから、冒険者になって魔物と戦う生活を繰り返している。


 それでも、彼らの根本にあるのは『死にたくない』という感情なのだろう。



 俺が依頼し、調査に向かわせた冒険者の三人も、依頼の内容を聞いた瞬間、覚悟を決めたような表情になり、次の日には遺言書を俺に手渡し、「一ヶ月が経っても戻らなかったら、これを開けてくれ」と言い残して旅立った。


 ……俺は鬼じゃない。


 知り合いを死地に追いやるようなことは、本当はしたくなかった。だが、それでも必要なことだったから俺は、無情にもモラル大樹海を調査しろと、死にに行けと依頼を下した。


 冒険者の三人はそれなりに腕が立ち、他の冒険者達からも信頼されていた。

 だから、俺が彼らをモラル大樹海に向かわせたと知れば、冒険者の多くは抗議の声を上げるだろう。中には、彼らを助けるために森へ向かおうとする者もいるかもしれない。


 だから俺は、表向き『遠い地への遠征』という名目で、彼らを秘密裏に送り出した。


 中には気づいた者もいるかもしれないが、そういう勘の鋭い冒険者の大半は、仕方ないことだと諦めてくれる理解者だ。

 だが、俺が下の階へ姿を現すたびに、何かを言いたげな視線で見つめてくる。そういった連中は頭では理解しても、感情は納得しきれていないのだろう。


 それでも、これは必要なことだったと、俺は思う。

 仲間を犠牲にしてでも調査する理由は、この国に住む国民全ての安全のためだ。


『ノーマンダル王国』が持つ国領は、その森と隣接している。

 魔物に何かがあれば、真っ先に被害を受けるのは俺達だ。何かあってからでは、遅い。だから、まだ確証の取れていない噂だろうと、すぐに行動し、何か見つかった際は早急に対応する必要があった。


 行動したのは俺達、冒険者だけではない。

 ノーマンダル王国の国王陛下も、同時期に動きだし、何人かの騎士を森に送り込んだと報告が上がっている。


 だが、彼らは戻って来ないだろう。


 騎士は、冒険者ほど魔物と戦い慣れていない。

 あいつらは人と戦い、国王や国民を守るために剣の腕を磨いてきた。森での動き方もあまり知らないような連中が、劣悪な環境で生き延びれるとは思わなかった。


 ──犠牲は付き物。

 命令を下す位置に立つ俺達のような者が「必要な犠牲だ」と言うのは、人を殺した罪から逃れるための免罪符なのだと、俺はそう考える。


 実際のところ、それは間違いではない。

 ギルドマスターである俺も、国王である陛下も、モラル大樹海という『死地』に人を送り込んだのだから。


 ──これは偽善だとわかっている。

 ──これはエゴだとわかっている。


 それでも彼らを心配するのは、一人の人間として当然のことだ。


「…………」


 俺は、手元に残った三つの遺言書を、引き出しの中に仕舞った。


 ──叶うならば、これを開けることがないように。

 そう願い、俺は彼らの無事を祈り続けた。

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