バスケ専門家庭教師大学生と、不登校中学生女子の修行道

@sinotarosu

第1話

 夏の晴れた午後の公園。アスファルトで出来たバスケットコートに俺達はいる。

 ハーフサイズのバスケットウェア姿の教え子――ミサキの打ったミドルシュートがギリギリでゴールに入る。

「シノハラ先生、今のシュートどうでしたか?」

「うん、前よりフォームが良くなってるよ。ただし、速度を意識しよう。モーションが少し遅いから」

「あ……ありがとうございます……」

 長い黒髪を紐で纏めた眼鏡の少女が、力の無い笑みを俺に見せた。


 俺――シノハラ リュウ、大学一年生は「家庭教師のドライ」に登録している。

 指導科目は、バスケ。

 最近の家庭教師は、国数英理社の五科目以外にも様々なお客様のニーズに応えている。

 音楽、書道、スポーツ、etc……教師の特技を最大限活かす事が出来るシステム。

 生徒も子供に限らず、社会人から定年後のお年寄りまで様々。

 俺は週二日三時間のシフトで、この子にバスケを教えている。高校時代の全国準優勝経験を如何なくバイトで発揮している。

 家庭教師を昼間から雇う家庭のお子さんには不登校児が多い。

 このミサキという中学二年生の少女も不登校児だ。

 理由は勿論聞いていない。ズケズケと踏み込んで良い領域じゃないのだから。

 ただ、半年前――出会った当初から自信の無い雰囲気の、内気な少女だった。

 この子のお母さんは、バスケ部で何かあったのだと予想していた。

 そんな落ち込んでしまった少女に自信を持たせる為、「家庭教師のドライ」にバスケコーチの派遣を依頼したのだと言っていた。バスケで失った自信は、バスケで取り戻させよう、と。

 

 俺は腕組みをしながら、ミサキがゴールに向かってひたすらシュートを放つ姿を眺める。ここは公園なので、少し離れた原っぱで小学生達が鬼ごっこをしている。

 ミサキは内気だが、バスケに対し、とてもひたむきだ。

 実は、決して才能が無い訳じゃない。

 自信が無いだけなのだ。言葉の暴力に弱いのだ。

 ミサキが部活でどんな思いをしたのかを俺は知らない。

 だけど何とかしてやりたい。力になってやりたい。

 俺も過去に部活で孤独を味わったから。 


 高校時代の俺の部は、俺のワンマンチームだった。

 俺の身長は百九十センチ。脚も速い。一対一において、高校バスケで俺に勝てる選手はいなかった。

 だがそれ故だ。それ故に、全国決勝の舞台で対戦高校のチームプレイの前に敗北した。

 普通、全国大会の決勝なんて、勝っても負けても感動の涙を流すものだろう。

 俺の部の最期は、皆しらけていた。

 やっと「作業」から解放されたと言いたげな表情を全員浮かべていた。

 皆、監督の指示で俺にパスをさせられて、俺にシュートを打たせて……さぞつまらなかった事だろう。

 俺も監督の指示に満更じゃなかった。俺だけ楽しんでいた。

 決勝戦で敗北して、初めて後悔したんだ。監督の指示に逆らっていれば良かったって。

 ミサキの性格上、俺みたいにワンマンプレイばかりでチームメイトにハブられたという訳では無いだろう。

 でも、俺には彼女の「部活内での孤独」がよく分かる。

 何とか学校に行けるようにしてやりたいな……。


 シュート練習に勤しむ彼女の傍らで、俺達の荷物を置いている木製ベンチに目をやる。

「アレ? アクエリ無くなってきたな」

 真夏の公園でのバスケだ、水分の消費量も激しい。

「ミサキ! ちょっと近くのコンビニでアクエリ買ってくる! 自主練しててくれ! きつくなったら休んで良いぞ!」

「は、はい!」


 ☆


 そう言ってシノハラ先生はコンビニへと向かって行く。

 一人ぼっちのコート。私は黙々とシュート練習を続ける。

 普通の人より才能の無い私は、人一倍練習しなくちゃいけない。

 私が下手だから部活の皆に迷惑をかけてしまったんだ。


 部活の練習を思い出しても、毎日迷惑をかけてばかりだった。

 ノーマークのゴール下は外す。身長は百四十センチしか無いからリバウンドは取れない。パスは敵にカットされ、キャッチは取り落とし(ファンブル)してばかり。

 下手過ぎて皆に嫌われてしまった。

 でも私はバスケが好きだ。バスケをしていたい。

 だけど部活に居れば皆に迷惑がかかる。

 その両方の感情に板挟みにされて、気づいたら……学校に行けなくなっていた。

 私が、私がもっと上手くなれば……部活の皆に受け入れて貰える――。


「アレ、ミサキじゃん⁉ アンタこんな所で何やってんの?」

 コートの外から誰かの声がした。

 声の方に向くと、部活指定のバスケウェア姿の女子が三人いた。

 三人共、私の中学の同級生。同じバスケ部。

 今声を掛けてきたのは、次期キャプテンと目されているモモカ。

 この公園は私の中学から結構離れた場所にあるのにどうして?

 そうか、今日は日曜。この公園の近くには他の中学校がある。練習試合帰りだろう。

「アンタまさか……学校サボって自主練⁉」

 モモカと、彼女の後ろの二人が大きく笑い声を上げる。

「学校来ないで何やってるのかと思ったら……チョーウケんだけど!」

 私は俯いたまま、ズボンの裾を握る。

言い返せない。お父さんお母さんに迷惑をかけて家庭教師の先生まで雇って貰って。

きっと先生も私には才能が無いと思っている。そのうち見放されてしまうだろう。

「ミサキ、どうした?」

 先生が戻って来た。

「アンタ誰?」

「この子の家庭教師だ」

「かていきょうしぃ⁉」

 モモカがまた高笑いする。

 先生が顔をしかめ、

「君達は?」

「ミサキの同級生だよ。同じ部活の。家庭教師って事は勉強教えてる訳?」

「いや、指導科目はバスケだ」

「バスケぇ⁉ 勉強ならまだしも、よりによってコイツにバスケ教えてんの⁉」

「モモカちょっと待って! 今気づいたんだけど」

 後ろの二人のうちの一人がモモカを止める。

「この人、去年の月刊バスケットボールに載ってた選手だよ。去年の全国高校バスケ準優勝校のエース選手だ。確か、シノハラ リュウ選手」

「ハァ⁉ アンタがあのシノハラ⁉」

「あ……ああ」

「……フン、良いコーチ見つけてきたじゃんミサキ。さぞお金かけたんでしょうねぇ?」

 私に視線を戻したモモカを前に、半歩後退りしてしまう。

「でもさ、コーチが優秀でも教え子がヘボじゃ、どうにもなんないよねぇ。コイツ教えるの苦労するでしょ?」

「そんな事ないぞ。この子に半年間指導してきたが、ちゃんと成長している。このコートには色々な人が来るんだ。小学生から高校生、大学生、社会人まで。俺も含め、色々な年上達に揉まれて、この子は確実にバスケが上手くなってきている」

「へぇ~、面白いじゃん。ウチらの足引っ張ってた頃よりは良くなったワケね」

 モモカが、怖い。

半年前の記憶を思い出してしまう。ミスする度に怒鳴るモモカの声を。

「じゃ、頑張ってね~♪」

 そう言って立ち去ろうとする三人。私が内心ホッとした所で先生が――、

「待てよ!」

「……アア?」

「この子がどれだけ上手くなったか、見てやってくれないか? ミサキと一対一(ワンオンワン)してやって欲しい」

「は? 時間の無駄だし」

「怖いか? ミサキと勝負するのが」

「……アンタ今なんつった?」

「ミサキが自分より上手くなっているのを知るのが怖いかって言ったんだ」

「アンタ……高校バスケで準優勝したからって調子こいてるみたいだね。アンタが上手いからって、アンタの教え子が強くなれるとは限らない」

「それを、勝負して確かめてくれよ?」

 私は心から願った。断れ! 断れ! と。

「良いわよ。勝負してあげる」

 ……私はこの時、尊敬しているシノハラ先生の事を初めて恨んだ。


 ――

 ――――一時間過ぎた。

 私達は一対一(ワンオンワン)を繰り返した。モモカ以外の二人とシノハラ先生が見守る中。

 三十回やって、三十回、私の勝利。

「ウソでしょ……アタシがミサキなんかに……」

 膝をついて、息を切らしているモモカ。

 私もこの結果に驚いている。

 モモカは確かに上手いと思う。でもシノハラ先生の動きのキレは、モモカの比じゃない。

 この半年間、先生が私との一対一(ワンオンワン)で手を抜いてくれた事は無い。一回も勝てた事は無い。

 でも先生との勝負に慣れたお陰で、この公園にやってくる中学生男子くらいになら勝てるようになっていた。

 自分でもちょっとは上手くなっているかな? とは思っていた。だけどまさか、モモカに全勝してしまう程になっているなんて……。

「どうだ? 上手くなっただろ?」

 先生がモモカに問う。

「……アタシは認めないわ。アンタなんか……」

 俯いたままそう呟いて、モモカは他の二人と一緒に、逃げるように去って行った。



 いつの間にか、夕焼けが顔を出し始めている。

 私と先生は、私の家に向かって路上を歩む。

「先生。私、学校行ってみようと思います」

「え?」

「まだ怖いけど、先生のお陰で私、少しは変われた気がします」

「……そうか」

 

 きっと、部活に戻ってもモモカはまだ私を認めてはくれないだろう。

 ミスしたらまた酷い言葉を浴びせられるかもしれない。

 でも今は一人じゃない。

 先生がいる。先生に相談できる。

 

 先生がくれた勇気で、前へと――進みたい。




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