第11話

 高位妖魔と初めて相対してから四年。前隊長ギルバートから隊長職を引き継いで一年が経った。その間カーズは理想に燃え、奔走した。


 レイブンとギルバートの退役後も。何度も何度も、仲間の死と退役リタイアに直面した。その度に新聞社に『消耗品』と書かれ、世間に叩かれる。


 宿主を殺させるという汚れ役をやらせ、人間の壁として使う為の部隊。戦えなくなれば、お払い箱の『消耗品』。


 春。第二部隊しょうもうひんは補充される。翌春までに、二百人弱が壊れて捨てられる。そしてまた春になると、新しく補充される。


 それが第二部隊の現状だ。


 変えたいと思った。自分が変えて見せると思った。

 隊長としてナナガ国議会に参加し、議案を提出した。議会メンバーにも個別に訴えた。ナナガ国にある新聞各社に、『消耗品』と書かないように何度も陳情を申し立てた。

 結果は、何一つ変わらない。誰にも相手にされず、種さえ蒔けなかった一年間だった。


「制度を変えるためには、ナナガ国国議会を動かさねばならないが。第二部隊に入るような奴は大半そうだと思うが、俺には学がない。老獪な議会メンバーを説き伏せる話術も、強引に言うことを聞かせる権力も金も、コネもない。唯一賛同してくれたのは、治安維持警備隊総隊長くらいなものだったな」


 カーズは貧民街で育った孤児だ。教養なんてものは欠片もなく、文字も第二部隊に入ってから覚えた。

 部隊の規律を覚え、礼儀を教わり、最低限の一般教養もなんとか身に付けた。それで取り繕えたのは外面だけで、もとより政治と金を動かしてきた議会の主要メンバーからは、完全に子供扱いだ。


「うへぇ。議会メンバーなんてナナガ国の頂点じゃないっすか。お偉いさんとやり合うなんて考えるだけで嫌っすね。会ったことも話したこともないっすから、どんな人らなのか知らないっすけど」


 酒のつまみをかじっていたニックが、顔をしかめて舌を出した。


「今の議会メンバーになって変わったが、当時の議会メンバーは俺たちを人間と思っていない筆頭だった。何を言っても見下した態度で嗤われるだけで、殴れるものなら殴ってやりたかった」

「それでよく退職金の規定を変えられたっすね。どうやったんすか」

「そうだな。切っ掛けは一人の新聞記者だ。タイラー社のウェルド・カーギス。俺たち第二部隊を誰よりも毛嫌いしていたブン屋だ」


****


 カーズは毎日のように訪れる新聞社で、これまたよく顔を合わせる記者――ブン屋に鉢合わせた。


「またか。あんたもしつけえ男だな」


 焦げ茶色の髪と水色の瞳、東と西の民族の混血であるウェルド・カーギス。くたびれた背広に身を包んだ彼は、迷惑そうに瞳を眇め、眉間と鼻にしわを寄せた。


「何度でも来るさ。今朝の新聞に『消耗品』と記述した記事の撤回を求める」

「なら何度でも言ってやる。撤回はしねえ。おとといきやがれ、人殺し部隊」


 じろりと下からカーズを睨みつけたウェルドが、これみよがしに舌打ちする。どの新聞社でも邪険に扱われているが、このブン屋が一番カーズたち第二部隊を分かりやすく嫌っていた。


「人殺しは認めよう。その他の蔑称も受け入れる。だが『消耗品』だけは言わさん」

「俺らは本当のことを書いているだけだ。けっ! 上から圧力かけりゃあ、何でも思い通りになると思うなよ、若造!」

「圧力などかけていないだろう。だから直接頼みに来ているんだ」


 ウェルドの挑戦的な視線を、カーズは真っ向から受けた。ウェルドたちブン屋に圧力をかけているのはカーズではなく、ナナガ国国議会だ。それもカーズの望む方向とは真逆の、第二部隊を消耗品として扱い、妖魔への対応不足による国への不満・不平を第二部隊に向けるようにという圧力である。


「それが時間の無駄だっつってんだ! こっちは忙しいんだよ! これ以上駄々をこねてみやがれ。てめえの上官に文句言ってから、このやり取りを明日の一面でスッパぬいてやらあ!」

「やりたけりゃやれ! 今更なんだってんだ、そんなもんは!」


 アイロンのかかっていないシャツの袖をまくり、苛々と時計を確認するウェルドに、カーズの中で何かが切れた。やっと身に着けた外行の仮面を脱ぎ捨てて、怒鳴り返す。

 上官に文句だと? 上等だ。やってみるがいい。そんなもので何かが変わるものか。


「ちっ! 俺はこれから取材だ! あんたのご託は他の奴が聞く。そこを退け、若造」


 舌打ちと共に視線を切ったウェルドが、後ろのデスクを見やる。

 ウェルドに水を向けられた若い記者が、指でばつ印を作った。


「勘弁してくださいよー。俺は面倒ごとが嫌いなんです。パスパス。それに新人には記事の決定権なんてないですよー。俺に言っても無駄無駄あ」


 ウェルドがさらに奥のデスクへと目線をやると、くわえ煙草のくたびれた初老の男が、気だるげに手を振った。


「ああ? また隊長さんか。まあ言い分は分からんでもないが、国の意向には逆らえんし、この年で今更逆らうつもりもねえやなあ」


 取材に出かけているのか、他のデスクは空だ。どいつもこいつも使えねえ、と小さく唸って、ウェルドの水色の瞳がこちらに戻る。


「聞いた通りだ。あんたの話を聞くやつはここにはいねえ。出直せや」

「いいだろう、なら俺は取材とやらに同行させてもらう。邪魔はしない」


 半分自棄だ。どうせ出直したところで同じなのだ。これまでがそうだった。だからいつもと違うことをしてやる。

 ウェルドの目がぎょっと見開かれた。


「はあ!? ふざけんな。てめえら第二部隊なんかについて来られたら邪魔だろうが」

「だったら、俺は第二部隊隊長ではなく、一般人カーズとして同行する。それで文句ないだろう!」


 言うなりカーズは制服の上着を脱ぎ捨て、腰の剣帯から抜き取った剣にぐるぐると巻き付けてネクタイで縛り、一緒くたに小脇に抱える。それからシャツのボタンを外し、胸元をはだけさせた。

 これなら知り合いでもない限り、誰も第二部隊隊長とは思わないだろう。


「しゃあねえ。ついてこいや。ただし、黙って見てるだけにしろよ」


 諦めたのか、ウェルドが吐き捨てるようにカーズの同行を許可した。

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