第2話

 カーズが治安維持警備隊の第二部隊に入隊したのは、十八歳の春だった。毎年春に行われる入隊募集に応募したのだ。といっても試験という試験もなく、ざるみたいな面接を受ければ即採用だった。


 今年の採用人数は二百三十二名。カーズも人のことは言えなかったが、どいつもこいつも、すねに傷でも持っていそうな面構えだ。


 カーズの容姿は短い金髪に青い瞳。肌は白い。雑多な人種の集うナナガ国で最も多く見られる外見だ。背は高い方だが、がたいのいい者ばかりの第二部隊においては、さして大きく感じなかった。


 第二部隊の総員は現在千九百四十七名。昨年の春の入隊者を合わせれば二千百二十九名いたらしい。つまり昨年の一年間で百八十八名が名簿から消えていた。

 消えた二百名弱の補充にしては二百三十二名は多すぎる気がしたが、その意味は直に分かる。入隊してから三ヶ月の研修期間、ここで脱落者が出るのだ。更に研修期間が終わってから一ヶ月、ここでまた辞めていく者が出る。


 入隊から五ヶ月が過ぎる頃、カーズを含めた新米隊員は百八十九名になっていた。


 朝方、勤務を終えて寮の部屋へ戻ったカーズは手際よく小銃を分解し、清掃する。同室のリッジとレイブンも、同じく紙を敷いた床に分解した小銃の部品を並べ布で拭き、ブラシで擦っていた。


 リッジは二メートル近い大男で、南国特有の黒い肌と黒い縮れ毛、全身を覆うバネのような筋肉が見るものに威圧感を与えるが、根は陽気で気の良い男だ。

 レイブンは逆に第二部隊の中では華奢で小柄、見た目通り気が優しく、荒事に向かない男だった。この部屋にはもう一人同僚の男がいたが、彼は訓練に付いていけずにリタイアしたので、今はこの三人が同室だ。


「てっきりレイブンが一番にリタイアすると思ってたのにな。根性あるよ、お前」


 リッジが大きな体を縮めて、丁寧に金ブラシでこびりついたカスを落とし、ふっと吹き飛ばした。


「根性も何も、俺にはこの道しかないし」


 リッジの言葉に、レイブンがはにかむような笑みで答える。会話をしていても、手は止まらない。油を染み込ませた布で丁寧に拭いていく。小銃は入隊してから毎日分解と清掃をしているため、手慣れたものだった。


「何年第二部隊にいれば返せるんだ? 借金」


 妖魔という人外を相手にする第二部隊は、危険な分給料も破格だ。毎年の入隊者の三分の一は、物言わぬ遺体となって隊を出ることになるというのに、入隊希望者がいなくならないのはそういうことだ。


「五年くらいかな」

「五年かあ、長えなあ」


 リッジは制服に身を包んだ広い肩を大袈裟に落とした。


「 ……殉職でもすれば、すぐに返せるんだけどね」


 殉職。


 その一言でカーズの手が止まる。

ガン! わざと派手な音を立てて、カーズは油の入った缶を置いた。組み立て終わった小銃をホルスターへ入れる。そのままカーズは無言でレイブンに近付くと、殴った。



「それで、喧嘩の原因は?」


 第二部隊隊長ギルバートが、むすっと立っているカーズへ問いかけた。カーズの隣には頬を腫らしたレイブンが、おどおどとカーズとギルバートの顔色を窺っていた。


 血気盛んな第二部隊を纏める隊長ギルバートは、カーズが想像していたよりも小柄で痩せた体躯をしていた。


「喧嘩じゃねえよ。俺が一方的にムカついて殴った」

「ふうむ、どうしてだ?」

「……別に」


 カーズはギルバートと目を合わさず、壁を見つめた。

 もうじき四十二歳になるギルバートが、反抗的なカーズの態度に目尻のシワを深くする。

 明らかに上官にする態度ではないことは、カーズ自身が承知していたが、折れる気もぐだぐだと言い訳をする気もない。


「カーズ! 隊長に対してなんて態度だ!」

「あー、いい、いい」


 横に控えていた新人教育担当のザッカスを、ギルバートがひらひらと手を振って制す。


「同室のリッジの話では、レイブンが殉職の話をしたらカーズが急に殴ったそうだな」


 机に両肘を着き、隊長はにやにやとカーズを見上げた。さも分かっているという態度が気に入らず、カーズはギルバートを睨んだ。


「レイブン、カーズが何故怒ったのかようく考えろ。確かに我が隊は殉職者が多い。殉職すれば指定した者へ多額の弔慰金が支払われる。君が家族の借金を返すために入隊したことは知っている。だがな、最初から弔慰金の為に自分の人生を諦めるな」


 レイブンが驚いたようにギルバートを見てから、カーズにおずおずとためらいがちな視線を寄越してきた。


「もう一つ。こっちが本題だ。レイブン。今はまだ下級妖魔しか相手にしていないが、これから中級や時には高位妖魔を相手にする時が来る。そういうとき中途半端な覚悟の奴は迷惑なんだよ」


 人間の罪から生まれる妖魔は、より深い罪を犯せば犯すほど力をつける。人を殺せば殺すほど力を増すのだ。


「自分の責任で自分だけ死ぬのはいい。だが、妖魔を相手に戦う時、お前の死は周りの隊員の命をも危険に晒す。それを肝に命じておけ」


「は、はい」


 レイブンは居住まいを正してギルバートへ敬礼してから、ちらちらとカーズに視線を寄越す。他人の顔色を伺う態度が癇に障り、ギルバートを睨んだまま無視していると、彼はなで肩の肩を更に落とした。


「以上。レイブンは下がれ」


 退室したレイブンの背中を見送り、さてとギルバートはカーズへ向き直った。


「カーズ。喧嘩は咎めん。うちの隊じゃ珍しくもなんともないからな。だがな。言葉だろうが拳だろうが、相手に分かるようにやらなきゃただの暴力だぜ?」


 カーズは無言だ。余計なお世話だと言わんばかりに、ギルバートに鋭い眼光を向けていた。しかし、ギルバートの笑みは深くなるばかりで一向に効果がない。ザッカスの眉が吊り上がっただけだ。


「小銃の手入れはやってるか?」

「……当たり前だろ」

「なんでやる?」

「ああ? 命がかかってんだからに決まってんだろ」


 研修期間ではあるが、入隊してから命綱である小銃の扱いは徹底的に仕込まれている。殺られる前に妖魔を殺す、もしくは殺られないように牽制する。そのどちらも小銃なくしては出来ないし、手入れを怠った小銃はジャムや暴発の危険がある。


「そうだ。俺たち第二部隊にとって小銃は命綱だ。隊の仲間も同じだぞ。高位妖魔は無論、中級でも高位に近い奴は一人じゃ倒せねえ」


 ギルバートの焦げ茶色の瞳がカーズを射抜く。


「意思疏通はしっかりやっとけ。お前の場合は言葉が足りん。以上だ」


 カーズは唇を引き結んだまま、一礼して隊長室を後にした。



「中々、良いのが入ってきたじゃねえか」


 くっくっと喉の奥で笑う隊長へ、新人教育担当のザッカスは苦笑した。


「他人の為に怒れる奴は貴重ですからね」


 金で集まった第二部隊の面々は皆、自分本位であったり自分自身に手一杯で、他人を気にかける余裕がないものだ。カーズのような新人は稀だった。


「育てばモノになるぞ、あいつは。その前に落とさなきゃいいがな」


 何がとはギルバートは言わない。第二部隊で落とすと言えば命の事だ。


「入隊から五ヶ月、そろそろ本格的に殺らすぞ」


 訓練で基礎は叩きこんだ。先輩隊員につけて見学させ、立ち回りについても学ばせた。誰にでも倒せる下級妖魔の二、三体は経験を積ませている。次はいよいよ宿主とのご対面だ。


 隊長のギルバートにとっても、先輩隊員にとっても、新米隊員たちにとっても大きな正念場が来る。

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