第45話

 ローズマリーにせがまれてバーニーはデートに連れ出されていた。


 十歳も年が離れているので、半分子守のようなものだ。公園の池でボートに乗せてやり、貴族街のカフェに寄って甘いものを食べさせてやるとたいてい満足する。

 とはいえ、ローズマリーは十歳にしては口が達者で頭の回転も速い。子守デートはそれなりに楽しかった。


「バーニー、『リトル・アビー』に行きたいわ」


 ローズマリーお気に入りのカフェに向かい、扉を開く。

 入り口近くの席でトビーとニールが何か難しい表情を浮かべて額を突き合わせていた。


「サイラス……、本当にどうしちゃったんだろうな」

「急に田舎に引っ込むなんて……」


 ヘイマー家が破産したという噂は本当だろうかと声を潜めて話している。その二人を、バーニーとローズマリーはついじろじろと眺めてしまった。

 

「あ、バーニー・アシュフィールドじゃないか」


 トビーが気づいて声を上げる。


 バーニーたちは、すかさず二人の席に合流した。

 別にふだん仲がいいわけではないから、トビーとニールの反応はビミョーだった。しかし、実を言うと、バーニーもローズマリーも誰かとサイラスの話がしたくてうずうずしていたのだ。


 二人とも人並みのモラルは持っているし、決して意地悪が好きなわけではない。教会の礼拝にはきちんと通うし、慈善活動にも参加する。

 けれど、聖人とは程遠い性格をしていた。多くの貴族たちと同様に、罪のない噂話が大好きなのである。


 その点だけを考えると、フェリシアとは全く違う価値観を持っている。ローズマリーと生涯を共にすることになったのは、ある意味とても好ましいことなのではないかと、最近バーニーは思うようになった。


「破産の話なら本当よ」


 ローズマリーが口を開き、自分たちが見聞きしたヘイマー家の実情をバーニーと交代で嬉々として語り始めた。


 ヘイマー家の経済状態は元々火の車で、家屋敷はおろか目ぼしい領地も全部抵当に入っていたこと。

 にもかかわらず贅沢をやめられず、借金はどんどん膨らむ一方だったこと。 

 最後は頼みの綱の銀行に見捨てられ、ついにすべての財産を差し押さえられて、夜逃げ同然で唯一残っていたド田舎の家に引っ越したこと。


「ちょっと怖い人たちにもお金を借りていたみたいで、宝石から何から全部持っていかれたのよ」


 驚いて声も出ないトビーとニールに、フェリシアとの結婚も援助が目当てだったのだと暴露する。

 その条件として、サイラスがエアハート家に婿入りすることになっていたのだと言うと、二人は顔を見合わせた。


「そんなこと、一言も聞いてない」

「僕たちが婿入り先を探しているのを、サイラスは知ってたはずなのに」

「じゃあ、あの後、メイジーと婚約したのも……」


 ゴダード家に入って、援助を引き出すか、ゆくゆくは財産を自由にするのが狙いだったのだろうと、噂話レベルの情報でしかないことも平気で話した。おそらく大きく間違ってはいないし、間違っていたとしても自分たちは何も困らない。


「ところが、メイジーはゴダート男爵家の娘ではなくなってしまったから、いくらかの持参金以外手に入らないことが分かったの」


「それで、あっさり捨てたのか」

「メイジーと婚約するなんて、おかしいと思ったんだ……。財産目当てだったなら納得できる」


「でも、そのあたりが限界だったみたいだね」


 にっちもさっちも行かなくなったヘイマー家が、悪い筋に手を出したのを知ると、とうとう長い付き合いだった銀行も資金の引き上げに手を付けた。

 あとは絵に描いたような破産劇が繰り広げられて、ヘイマー侯爵家は全てを失ったのである。


「バカだよなぁ」

「あんな贅沢はやめて、真面目に事業に取り組めばよかったのにね」

「領地の収入だってそれなりにあったんだから、そこからコツコツ借金を返すとかすればよかったんだ」

「ああいうのをなんて言うか、知ってるわよ」


 ローズマリーは得意そうに微笑んで「自業自得って言うのよ」と言った。

 フェリシアが聞いていたら何か言うかもしれないが、バーニーも同じ意見なのでうんうんと頷くだけだ。


 個人的な恨みや、強い悪意がないだけに、バーニーとローズマリーの態度には遠慮や後ろめたさがまったくなかった。


 メイジーのことも何か聞かれるかと思ったが、トビーもニールも特に興味はなさそうだった。


「あの子のことは、別にどうでもいいよ」


 仲がよかったのではないのかと聞くと「別に……。なあ」「ああ。別に」と本当にどうでもいいように呟く。


「それより、サイラスだよ」


 嘘を吐かれていたことには少し腹が立つものの、長い付き合いの友だちだから、やはり心配だと眉をひそめる。


「メイジーの存在感て、薄いんだ……」

「人に寄りかかってばかりで、自分で何とかしようって気がないからじゃない?」

 

 そんな人はいてもいなくてもどうでもいいとローズマリーは言い放った。「わざわざ消えろとも思わないけど、そんなことも思わないくらいどうでもいい」と、どこまでも辛らつだ。

 実際、メイジーが今どこで何をしているのかも知らないらしかった。たぶん、この先も知るつもりはないのだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る