第40話
翌日の午後、レイチェルとフェリシアはワイス夫人からお茶の招待を受けた。
宮殿の中にあるワイス夫人の私室に案内されて足を踏み入れると、ワイス夫人と自分たちのほかには侍女しかいなかった。
緊張して硬くなっているレイチェルとフェリシアに、夫人は「楽にしてちょうだい」と優しく声をかけた。
「フェリシア、あなたは詩が書けなくなったのね。レイチェルも、苦しんでいると聞きました」
痛ましそうに二人の顔を交互に見る。
「あなたたちの痛みは、同じ思いをした人にしかわからないでしょうね。事実を話しても、ほとんどの人は『そんなことで』と思うでしょう。悔しい思いをした上に、その悔しさも外に出せないのですから、辛かったわね」
レイチェルとフェリシアはきゅっと口を結んだまま頷いた。
「でも、今は少し気持ちが明るくなりました」
レイチェルが小さな笑みを浮かべて口にする。
フェリシアも同じように微笑んだ。
夫人の講評を聞いて、救われた。
自分の心が狭いわけではないと、取るに足りないことを、いつまでも恨んでいるわけではないと、認めてもらえた気がしたから。
夫人は頷き、昨夜の舞踏会の前に、推薦された詩の内容と作者について、王室と話し合いを持ったことを教えてくれた。
「集まっていた王室側の代表や学園の理事たちは、講評と個別評は当たり障りのない内容で進めて、後日、事実を確認するように、私に言いました」
けれど、夫人はすでに自分の書いたものをメイジーが模倣したことを、嫌と言うほど知っていた。
ほかの詩人たちにも、模倣の事実を確かめてあった。
誰もが怒りをあらわにし、そんなものを世に出すべきではないと口を揃えた。
「詩作の姿勢に関わることですから、講評で触れるべきだと私は主張しました」
学園の理事たちは難しい顔をしていた。
例年通り、舞踏会で生徒たちに花を持たせ、なごやかな時間を楽しんでもらったほうがいいのではないかと粘った。
しかし、そこでケヴィンが、同じようにメイジーから表現を盗まれた生徒を、少なくとも二人は知っていると言ったのだ。
そのうちの一人は、そのことがあって以来、詩が書けなくなっているとも。
理事たちに、自分もワイス夫人と同じ考えだと告げ、人のものを盗んだ生徒に名誉を与えれば、盗まれた生徒はさらに傷つくだろうと訴えたという。
そして、王室はそれを容認すべきではないと、強く主張したらしい。
フェリシアは目を見開いて夫人を見た。
(それって、夫人を止められなかったどころか、ケヴィンが背中を押したんじゃないの……?)
しばし唖然とした後に、ふっとかすかな笑みがこぼれた。
ケヴィンが心からフェリシアの苦しみを理解し、味方になってくれたことが嬉しかった。
「私は、本当に困っている人、弱い人には手をさしのべたいと思います。けれど、弱いフリをする人、わからないフリや気づかないフリをして、平気で人に寄りかかる人、自分で立とうとしない人、甘える人には、強い嫌悪感を覚えます」
創作には、その人の生き方が現れる。
美しいものを創るには、美しい心、美しい目が必要だとワイス夫人は言った。
「図々しく他人に寄りかかり、他人の手柄を盗んで自分のものにしたとしても、それで得た地位に見合う力がなければ、すぐにまわりにはわかります」
メイジーが詩作を続けるつもりなら、まず自分の卑しさ、浅ましさ、醜さに向き合うことから始めなければならないだろうと言った。
「美意識を磨くのはそれからです」
美意識とか生き方とか聞いて、レイチェルとフェリシアは背筋を伸ばした。
夫人はにこりと笑う。
「大袈裟なことではないのよ。そんなに構えないで」
よくないことやズルいことや図々しいことをしない。
おかしな欲をかかない。
自分の手柄を鼻にかけない。
人を見下さない。
指を折りながら夫人が言う。
そんな当たり前のことばかりだと。
醜く卑しいことはしない。それも立派な美学なのだと。
「あとは、自分の人生を愛し、信じることね。常に正しくいられなくても、自分の行いや生き方に責任を持つ覚悟があれば十分。たまには、意地悪な気持ちになることがあってもいいのよ」
正しいだけではダメねと繰り返す。
正しいことはおおむね美しいけれど、ただ正しいだけではダメなのだと。
自分の心に正直になること、自分で決める勇気を持つことが必要だと言う。
「結局、感覚的な部分が大きいのね。何を美とするかは、人それぞれ」
でも、それでいいのだと言って、夫人は微笑んだ。
「ふつうはこんなことしないって思う時の『ふつう』がわかりあえる人なら、同じ美意識を持っている気がするわ。そういう人と一緒にいたいわね」
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