第39話

 メイジーもさすがに気づいたはずだ。


 けれど、フェリシアがチラリと視線を向けた先で、メイジーは母親のダフニーに軽く背中を押されて、上気した顔で一歩前に踏み出していた。

 サイラスも平気な顔でエスコートしている。


 サイラスには、メイジーに詩を真似されたことを話してあるのに。

 すっかり忘れてしまったのか、それとも最初からろくに聞いていなかったのか。


 だが、あの話をした後で「メイジーのほうが、僕のことをわかってくれている」とかなんとか言っていたくらいだ。

 ろくに聞いていなかったというのが正解かもしれない。


 サイラスと離れてみるとよくわかる。

 彼は、自分のプライドや面子のほうが大事で、互いの意見を交換するより、自分の意見に同調してくれる者といるほうが好きらしい。

 

 今となっては、どうでもいいことだけれど。 


(それにしても……)


 フェリシアは誰にも気づかれないように、小さくため息を吐いた。


 期待と歓びに顔を輝かせているメイジーを、すれ違いながら横目で見る。

 さっきの講評はまるで他人事。自分とは全く関係がないというように、メイジーは前を向いている。


 あれでは、ワイス夫人の話に出てきたドロボウがメイジーだとは、誰も思わないだろう。

 模倣や盗作を諫めるのがワイス夫人の狙いであり、王の面前で個人を名指しして責めることは目的ではなかった。


 メイジーは裁かれない。

 犯した罪も暴かれることはない。

 藪の中に消える。


 メイジーはおそらく反省もしない。

 結局、やられた人間だけが、消えない悔しさを抱えて生きていくのだ。

 

 そう思った時、ワイス夫人が次の生徒の名を呼んだ。


「レイチェル・ウィンター」


 真ん中近くまで進み出ていたメイジーの足が止まる。


 少し驚いた顔で、レイチェルがワイス夫人を見た。

 夫人はもう一度「レイチェル、前へ」と促す。


 バーニーが落ち着いた態度で進み出て、レイチェルを王の前までエスコートした。


「レイチェル、たいへん素晴らしい詩物語でした。テーマも、細部の表現も申し分ありません。あなたのように才能に溢れる人を宮廷詩人に迎えることができたら、王宮の文化はさらに豊かなものになるでしょう。両陛下も、たいそうお気に召しておられましたよ」


 王と王妃が、かすかな笑みを浮かべてレイチェルを見た。


「あ、ありがとうございます……!」


 レイチェルは頬を上気させて選評が書かれた用紙を恭しく受け取った。


「詩作の個別評は以上です」


 ワイス夫人が一歩下がって壇上の王に優雅に腰を折る。

 王が満足そうに頷いた。

 その時……。


「ま、待って……。待ってください……」


 メイジーが数歩前に出て、会場の中ほどで止まった。


「あ、あの……、私、まだ……」


 ワイス夫人が振り返り、冷たい視線をメイジーに向ける。


「私も……、推薦されてるはずなのに……、呼ばれてなくて……」

「あなたは今年の推薦者から外されました」

「そんな……、どうして……」


 夫人はため息を吐いた。


「講評を聞いていなかったのですか」


 メイジーは心底、意味がわからないという顔をしていた。


「あれだけはっきり言ってもわからないのなら、あなたは全く自分と向き合っていないということですね。自分が見たくないものは見ないで済ませ、自分に都合の悪い事実には気づかないふりをして、わからないと言っていれば許されると思っているのでしょう」


 夫人の声は静かで冷ややかだった。


「これ以上、何も言うことはありません」


 ぽかんとした顔で立ち尽くすメイジーを一瞥し、ワイス夫人は自分の席に戻っていった。


 会場内がざわめく。


「つまり、さっきの夫人の話の……」

「誰かが詩を盗んだとかって話だったよな……」

「あのゴテゴテしたドレスの娘が……?」


 中途半端な位置に立つメイジーとサイラスに視線が集まる。

 あの娘は誰だ? とあちこちから声が聞こえた。


「あまり見かけない娘だな」

「宮廷の舞踏会には呼ばれない家柄の娘か」

「男爵家か子爵家の娘だろう」

「隣にいるのは、王立騎士団のサイラスだ。ヘイマー侯爵家の……」


 自分の名が囁かれているのを聞いて、サイラスが青ざめる。

 組んでいた腕を慌ててほどき、「気分が悪いから先に帰る」と言って、逃げるように舞踏室から出ていった。


 取り残されたメイジーを助ける者はいない。

 母親のダフニーも、まるで他人のように黙って背を向ける。


 フェリシアも助ける気はなかった。

 けれど、叔父のゴダード男爵がゆっくりメイジーに近づいていくのを見て、ため息を吐く。


(もう……。バーナード叔父様は、ほんとに人がいいんだから……)


 優しい叔父を見捨てるわけにはいかない。

 仕方なく、フェリシアも一歩足を踏み出した。


「僕も行くよ」


 ケヴィンが一緒についてきてくれた。


「ありがとう」

「ワイス夫人を止められなかった僕にも、少しは、責任があるからね……」


 ゆっくりとメイジーに向かって歩きながら、ケヴィンがぼそりと呟いた。  

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