第8話

「優勝したのはエイドリアンなのに、ケヴィンのファンなのかい?」


 やっぱりイケメンだからかとバーニーがからかう。

 けれど、エイドリアンも金髪碧眼で、タイプは違うけれどかなりの美形である。

 フェリシアのまわりにはエイドリアンに憧れる友人もたくさんいた。


「殿下はエイドリアン様の盾が落ちた時に、攻撃なさらなかったから……」


 御前試合の決勝戦で、攻撃も受けていないのにエイドリアンの盾が落ちるという場面があった。

 盾そのものに何らかの不具合があったように見えた。

 その場面で剣を突き付ければケヴィンの優勝だったのだが、ケヴィンはエイドリアンが盾を持ち直すのを待ったのだ。

 

「あれは、エイドリアンの落ち度ではない可能性があったからね」


 自分が王子ではなく、また試合ではなく実戦の場だったなら、迷いなく攻撃したとケヴィンは言った。


「王子でなかったら?」

「王室内には、余計なことをする人間が、時々いる」


 ケヴィンを優勝させるためにエイドリアンの盾に細工をした可能性があったので、攻撃はしなかったとケヴィンは言った。


「後で聞いたら、エイドリアンの整備ミスだって言うから、なんだよと思ったけどね」


 ケヴィンは明るく笑った。


 優勝のかかった一戦で相手のミスを自分が庇ってしまったと知ったら、サイラスならひどい悪態をついただろう。

 そんな考えが頭の隅をチラリとよぎった。

 もっとも、サイラスなら盾を落とした相手を迷わず攻撃しただろうけれど。


 道具の整備ミスは選手の落ち度だ。それで盾を落としたとしても、攻撃することは許される。

 けれど試合中にはそこまでわからなかったとケヴィンは言った。

 結果的にどうだったとしても、万が一にも卑怯な手を使って勝つようなことはなかったので、それでよかったのだと笑う。


「王室内の人間を疑った僕のほうに、落ち度がある」


 そう言って肩をすくめる謙虚な姿を見て、やはり自分はケヴィン派だなとフェリシアは思った。


 アシュフィールド邸でのパーティはとても楽しいものだった。

 バーニーを間に挟んでケヴィンとも親しく会話を交わすことができた。


「フェリシアの詩物語は何篇か読ませてもらった」

「なんだか、恥ずかしいです」

「恥ずかしいことなんかないだろう。どれも素晴らしかった。……というか、好きだと思った」


 技術的な面だけで言えば、王室専属の宮廷詩人のほうが凝っているのかもしれない。

 けれど、フェリシアの詩にはのびやかさがあるとケヴィンは真面目に自分の評価を口にした。


「フェリシアの詩には、他者への優しさがある。まなざしが優しいんだ」


 フェリシアが照れて微笑むと、ケヴィンは「あっ」と言って顔を赤らめた。


「なんだか、上から目線で偉そうなことを言ってしまった。すまない」

「そんなこと……。お褒めいただけて、とても光栄です」


 うん、と頷く。

 それから少し照れたようにうつむいて「もしよかったら、敬語はやめてもらえないか」と言って、小さく微笑んだ。


「バーニーと同じように、気安く付き合ってくれると嬉しい。殿下でなく、ケヴィンと呼んで……」

「え……」


 バーニーが「急には無理だよな」と助け船を出した。

 そうかと、ケヴィンは少し寂しそうに頷いた。

 おそらく、本当に気安く接してほしいのだ。


「あの……、少しずつでよければ、頑張ってみるわ……、ケヴィン……」


 なんとか、そんなふうに言ってみる。

 ケヴィンは嬉しそうに笑った。そんなケヴィンを見て、フェリシアも嬉しくなった。


「これからも、よいものを書いてほしい。楽しみにしているよ、フェリシア」

「ありがとうございます。精進いたします」


 ケヴィンがじっと覗き込んでくる。


「あ、あの、ありがとう。頑張るわね」 


 慌てて言い直すと、にこりと明るい笑みが返された。

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