アイスの原材料

千紫万 紅

アイスの原材料

  夏の夜。それだけを理由にして、僕たちはコンビニでアイスを買うことにした。

“新発売!アップルジンジャー味” 

密かに推していたアイスの新作が僕の目に止まった。

「これどんな味なんだろ。買ってみようかな」

「原材料見ればええやん」 

何げなく呟いた一言を見逃すまいと、揚げ足を取るように、やたらと食い気味に文は言った。

「なるほど、原材料ね」

 言われるがまま商品を裏返すと、“種類別 アイスミルク”と堂々とアイスである自己主張をしたのち、“原材料”が言い訳のように細かく多量に記されていた。

 確かに原材料を見れば、使われている食材からおおよその味を想像することができるかもしれない。しかし、味が気になったら、とりあえず食べて確かめる僕にとっては、新鮮な作業に感じた。 

 僕はアップルジンジャーのアイスを、文はいちごとバニラが交互に縦に並んだ“ストライプベリー”というアイスを買い、雑草に対して放任主義万歳と言わんばかりの荒涼とし た公園でそれを食べた。 

 佐坂 文は高校時代からの友人である。自称“好青年日本代表”と言うだけあって、第一印象は百人中、百人が“爽やか”という印象を抱く見た目をしている。短く整えられた黒髪。嘘みたいに艶やかな肌。今宵も水色の麻のシャツが眩しい。

「どうよ?」

ストライプベリーを一口食べた文が女性を口説き落とすかのようにカッコつけて聞いてきた。

「甘すぎないね。ちょっと苦いのが逆にいい」 

原材料の三つ目に“ジンジャーエキス”が入っていただけあって、ジンジャーが結構効いていた。その中にある細やかなリンゴの甘味がおいしい。このアイス、やはり推せる。

「違うわ。大学のことや」 

近況についてだった。 今のは完全にアイスの話だろうと思い、憤りを覚えつつも、文が嘲笑するから恥ずかしくなった。 次の一言が大事だ。気合を入れてアップルジンジャーをかじって答えた。

「そうだよ。大学のこと。この前テストがあったんだけど、内容は至って簡単なものだった。みんな問題を解き終わったら机に寝潰していた。でもね、ある一人の女の子はずっと見直しをしていたんだ。学年でもトップレベルに賢いのに手を抜かず丁寧にテストに向き合う彼女を、僕は意識するようになった」「甘いだけやん」

「うん。僕は講義中の彼女をバレないように見つめるようになっていた。どんな講義も意欲的に取り組む彼女に見惚れていた。ところがね、現代文の講義のときに見つめた彼女は、僕と全く同じ表情を浮かべていた。きっと彼女はあの教授に恋している。僕が彼女に恋するように」 

誰にも言わなかった恋を、失恋を始めて口にした。「甘すぎないね。ちょっと苦いのが逆にいい」 

文は僕の恋を味わうように笑みを浮かべた。「でしょ」  

男二人で公園で食べるアイスも悪くないなと思った。

「文はどうなの」

「バニラといちごって相性抜群やな。やっぱり定番が……」

「いや近況についてだけど」

 やり返した。ニヤニヤが止まらない。

「…そうやで。近況について話そうとしてたんやで」

「あ、そうなんだ。ごめんごめん」

 嘘つけ。文はこういう可愛いところがある。 

文は関西弁を使うが関西人ではない。いわゆるエセ関西弁というやつだ。関西人の方は不快に思うかもしれないが、これは彼の関西弁へのリスペクトだ。関西弁を心からかっこいいと思っている。本当は純関西人として生まれて、母国弁として使いたかったと思っているのだろう。そんなところをいじったら拗ねるどころが涙目になる。彼は泣き虫だ。 

そんな彼は、高校時代から通っていたカフェ「KOKKURI」でアルバイトをしながら小説家を目指している。将来はおしゃれなカフェを経営しながら小説家として悠々自適に生きていくらしい。

「先週、彼女と別れたんや。まだ付き合って一ヶ月くらいしか経ってなかったんやけど」 文は熱しやすく冷めやすい性格をしている。文の恋愛は長続きした試しがない。

「SNSで知り合った人で。めっちゃ可愛いし、色白で、小説の趣味も合うし、よく食べるし、好きな音楽は少し違ったけど一生懸命に俺に理解させようと話してるのも可愛くて……」 

 文は嬉しそうに話した。

 でもいつか文は僕に注意した。好きな理由を過剰に並べるのは、その人を好きだからではない。好きでいる理由を探して、その人が好きだと自分を騙しているんだ、と。  「いつもと同じことをしてるのに楽しいねん、朝ちょっと早く起きて、部屋を掃除して、ゴミ捨てにいくやろ。それだけでも楽しい。デートの前日に服を決めて、集合の30分前とかに着いて、彼女の隣にいるとふわふわして。あーー今世界は俺のために回っとる!って思うねん」

 ああ、心当たりがある。自分が恋をするために地球が廻っていくあの無敵の時間。本物の恋だけに起きる現象。 

「でも急に振られたわ。元カレさんとヨリを戻したらしい。彼女が誰からも好かれるバニラなら、その良さを隣で引き出してくれるいちごが元カレさんだったんやろ。二つはやっぱりベストマッチで、俺は彼女と一ヶ月隣にいたのに敵わなかった」 

 その女を酷いと思ったが、口には出せない。そんな酷いことをされた本人が彼女の良さを伝えようとしている。

「デートが終わって、家に帰ったときに思い出すのは、俺じゃなくていちごやったんかな」

 ポタッ。雫が地面に落ちる音が小さく鳴った。 話すことに集中していた文のアイスが溶けたんだと思う。 僕はよそ見をせず、目の前のアイスをかじった。 彼の原材料にだって涙がある。

「……彼女の原材料を見ていなかったんだねえ」

 文はあははと笑った。

「せやねん。思いっきり見落としてた」

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