王子様の護衛は破門された女格闘家!? 道場を追いだされた後、師匠を越えて最強を目指す
@a201014004
第1話 プロローグ
トリスティニア王国は平穏そのものだった。
世界でも有数の大国で、自然溢れる領土とそこに暮らす人々はもちろん、交通や他国との交易も盛んである。
王宮ともなればより顕著だ。王族が住まうにふさわしい豪華さ、権威を表しているだけではない。爽やかな青空とぽかぽかと陽気な日差し、世界を彩る風景が調和している。
芸術的な美しさを醸しだしていながらも、畏怖と敬意、王国そのものの豊かさを示している。
で、あっても。
「・・・・・・・・・」
その王宮に住まうウィリアムの気分は最低だった。とっくに起床していて、二度寝を終えていい加減ベッドに寝ているのが苦痛になってきているのに、である。
部屋の状態と本人の精神的な問題、そして外の明るさが陰鬱さを加速させている。そして自己嫌悪と起きようという意欲が萎んでいくという悪循環だ。
特段今日に限ったことではない。むしろウィリアムにとってはいつもどおりの朝なのだ。
室内の広さと調度品、家具は王族のそれにふさわしい一級品物ばかりだが、灯りは一切なく黒めの厚いカーテンで閉め切っている。外、人、世界。あらゆるものと隔絶された闇そのもの。一番落ち着き、慣れし親しんだ空間。使用人も家臣も誰も立ち入ることを許していない。
例え王族でなくても、ウィリアムの人となりを知らない者でも、こんなところに一日中いるのはよくないと断じることができる。
けど、それでいい。ここが、自分のすべてだ。トリスティニア王国の第一王子、ウィリアムはおもい定めていた。今後変えられなくてもかまわないし、自分は一生ここで、このままの状態で暮らすのだろう。
部屋に一日中引きこもり、すべてを遠ざけて拒絶する性格と生活。王族にふさわしくないと自らを断じてもいる。
それでいいと言い聞かせながら後ろめたさに襲われる。ふわふわの毛布を頭が隠れるほど被らせて三度寝を試みた。
「おおおおおおおおおおおおい!! ウィリアムウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
けど、叶わなかった。
窓を越え布団さえ貫く大音声。耳の奥の鼓膜だけでなく心臓さえビリビリと震えるほどの遠慮のなさ。おもわず飛び起きざるをえなくなった。
「まだ寝てるのかあああああああああああ!? おおおおおおおおおおおおおおおおおおいウィリアムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
つい最近聞き覚えた高すぎる声。自分を呼んでいる子の正体が一瞬で頭に浮かぶ。またか、とげんなりする。
「早く来いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! それとも僕がそっちに行ってもいいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
うるさい。頭がガンガン痛んでもきた。呆れと苛立ちから、ウィリアムは舌打ちしてバルコニーを目指す。
このままでは寝られない。自分の一日が崩れる。いや、既に崩れているのだが。とにもかくにもこの憤然とした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいい!! ウィリア―――」
「うるせええええええええええええええええええええええ!」
感情のままに荒々しく窓を開けてバルコニーに踏み入った。太陽光に目が眩みながらも手すりまで辿りついて、中庭を眼下に収める。
呆気にとられ、そして度肝を抜かれた。
「あ! やっと起きたなお寝坊め!」
赤い髪に、ほどよく日焼けした肌。凜々しさと活発さを兼ね備えた顔立ちは少年ぽい笑顔と実に合っている。太ももと肩から露出している、動きやすそうで擦り切れた服装。そして腰布として巻かれている短い黒い毛皮に鉄製のブーツ。
特徴がありすぎるシルエットが、手を大きく振りながら実にニコニコと純粋に、非常識に、自分に早く来いと促している。問題はそれではない。もうあの少女がなにをしようと、慣れたつもりでいた。
しかし。
「おい、エリス。お前の横にあるのはなんだ?」
中庭は、王宮に出入りを許されている庭師と業者と一部の使用人によって毎日きちんと手入れがされている。樹木と草、芝生、そして季節によって咲く花、土、花壇に至るまで。王宮内の決して大きくはなくても、心安まり気品と機能的を両立させている場所だった。
「ああ、これ? 散歩がてら倒したんだよ」
そんな中庭の景観をぶち壊す異物。いったいどれほどの大きさか。エリスと呼ばれた子の実に十倍ほどの強靱な筋肉で盛りあがった体躯。背中から生えた翼が一対。錆びたような色の鱗、長い尻尾は先に伸びるにしたがって鋭利さを帯びている。頭部には天を貫かんばかりの角。口からは牙と舌が覗かせている。
存在しているだけで威圧する風体は、風聞と文献でしか知識のないウィリアムであってもわかる。どう見てもドラゴンだと。
所々鱗が剥げ、へこんでいる。拳大の穴がそこかしこにあって、翼はボロボロで至る箇所から血が滴っている。おぞましさと恐怖の象徴であるドラゴンはピクリともせずただ静かに横たわっている。
「いやぁ、やっぱり空を飛ぶ魔物ってめんどうだね~! でもここまで持ってこれたし」
「アホかッッッ!」
まさかここまでとは・・・・・・・・・。ぐったりと手すりに肘をのせ、そのまま頭を悩ませる。ドラゴンのような魔物は珍しくはない。大小の差はあれど、人々に仇なす凶暴な生物であり、討伐の対象となっている。
既存の生物とは一線を画す、それも一際強力でおそろしい魔物(それも死骸)がどん、と中庭にある。しかも成した本人のエリスは自分のおかしさに気づいていない。
優雅に闊歩する貴族と大臣。きりっとした見回りの騎士達。礼儀を弁えすました使用人らが通りかかるたび、中庭の異常にビクッ! と驚倒している。ざわざわと人が集まり、混乱を広げつつある。
「お前は大体なんでここまで運んだんだ・・・・・・」
「よしウィリアム! 鍛錬しようぜ!」
「人の話聞けよ!」
自由奔放というのはあまりにも勝手すぎる。豪快というには無邪気すぎる。自分の感情に素直すぎるエリスはもうドラゴンのことなんておかまいなしに、ストレッチをはじめた。
「よし、早く下りてこいよ! 僕はもう準備万端だ!」
「第一、 格闘術なんて俺は習わないって言ってんだろ!」
格闘術。剣術や魔法と同じく武術の一種でありながら、軽視されがちな傾向にある。エリスはその中でもローガン流格闘術なるものを会得し、究めんと志している。
「ええ~~? 鍛錬しようよ~~。それが僕の仕事なんだよ~~?」
ぶぅ、と不満げに唇を突きだすエリスに、朝から疲れきったウィリアムは話す気がなくなった。本当にこいつは、と。エリスとウィリアムは正反対すぎる。育った環境、性格だけじゃない。根本的に合わないのだ。
じれったくなったのか、エリスは突如としてかまえる。想定した相手の顎の位置に右手を。肘を脇にくっ付けるように曲げながら左腕を引き締める。肩幅と同じ間隔に開き、右足を前に、やや左足を傾けつつ後方へ。
足を横から回しながら腰より高い位置まで蹴り上げる。片足一本で支えた不安定な状態のまま更に高く、そして低い位置めがけて。残像さえ置き去りにするほどの速さのまま連続で繰り返していく。
俗に回し蹴りと呼称される技は、シンプルでありながら複雑な動作と柔軟さがなければできない。体全部の力と動き、体幹を維持しながら腰を利用する。安定さ。膝。どれも連動させなければ攻撃となりえない。
けれど、エリスの回し蹴りは重々しく、それでいて軽やかだった。斬り裂けるほどの鮮やかさもあり、上段、中段、下段と位置を次々と変えながら繰りだす。
満足したのか、そのまま次の技に移る。あらゆる組み合わせの技のコンビネーションだけでは飽き足らず、激しさを増し、実際にいる相手と戦っていると錯覚させるほどの動きへと変貌する。
いつ見ても惚れ惚れとする。この拳が、蹴りが、ドラゴンを絶命させた。単にエリスが人間離れした身体能力を有しているだけはないというという説得力がある。
「いよっと」
「うわあ!?」
いつの間にか、エリスはバルコニーの手すりに立っていた。膝を折りたたんで腰を丸めて身を低くしている。そのまま前傾で飛ぶ姿、そして体勢はしなやかかつ軽やかすぎてまるで猫だ。
「お前どうやってここへ?」
「ちょっと跳んだけだよ」
バルコニーから中庭までは、実に百メートル以上ある。にも関わらず人間離れしたことを平然と口にするエリスに、ウィリアムはおもわず中庭とバルコニーで視線を右往左往させる。
化け物じみたエリスの身体能力と正直な性格で、今自分の近くにいるという事実を鑑みても、簡単には信じられなくて当たり前だった。
「よいしょっと」
「あ、おい!? なにするんだ!」
まだ落ち着きを取り戻せないまま、ウィリアムはエリスの肩に担がれた。ふわりと髪から漂う甘い香りと汗と混じった体臭が鼻腔を擽り、ドキッとする。エリスの性別を今更意識した相乗効果による羞恥心から、手足をばたつかせる。
「お、下ろせおい! 馬鹿!」
「軽いなぁ。ちゃんとご飯食べてないだろ。そうだ、鍛錬のあとにドラゴンの肉食べよう!」
エリスが、手すりに直立する。抗議しようとして、中庭をちらりと眼下に収めたウィリアムはピタッと動きをとめた。
エリスの視線。中庭とバルコニーの距離。そしてさっきの会話。
「・・・・・・」
エリスがなにをしようとしているのかわかってしまったウィリアムは、急激に血の気が引いていく。
「お、おいエリス? 嘘だろ? なぁ」
「えいっ」
エリスが手すりから軽快に落ちた。こひゅ、と自分が吐いた息が聞こえた直後。
一瞬の浮遊感を経て落下していく。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
平衡感覚が狂い、内臓が上下逆さまになった心地。尋常ならざる速度で重力に引かれて落ちていく恐怖心と不快感。肌と髪の毛を慌ただしく責めたてる風。なにかに掴まれ、それでいて暴れたように脈動しまくる心臓。圧倒的恐怖。
走馬灯か。はたまた恐怖心からの逃避か。ウィリアムは記憶を遡り、エリスとの出会いを想起した。
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