女騎士は片想い

朱ねこ

女騎士は片想い

「相変わらず小さいなあ! それで騎士が務まるのかよ」


 騎士団長であるあの人は、いつも私を馬鹿にする。どうせ私は小さいですよ。


 対して、あの人はとっても背が高い。見上げ続けたら首が痛くなるくらい。肩幅だってとっても広い。もしかしたら私の二倍もあるかもしれない。

 それに、剣の腕前も凄い。力強く華麗。相反するはずの要素を高い次元で両立している。彼の体捌きが教本化されたことは記憶に新しい。

 さらに、顔つきは精悍。甘いマスクというわけではないが、溌剌はつらつとした爽やかな笑顔は誰もが心を惹き付けられる。

 しかも、性格も素晴らしい。年齢性別身分を問わず分け隔てなく接し、必要な場では必要な所作をこなす。時と場合に応じて適切な言動ができるため、私の知る限り彼を嫌うものはいない。

 人々に愛され尊敬され、人々を守るための組織をまとめ上げ、自身も鍛錬を欠かさない。まさに騎士団長になるために生まれてきたような人だ。

 

 まぁ、つまり、私はあの人のことが好きなのだ。


「国を愛する心に背丈は関係ありません」

「そうか! 鍛錬しろよ!」


 いつもと同じ問答をし、木剣を振る。訓練の様子を見回りながら、あの人は団員ひとりひとりに声をかけていた。

 私もその中の一部ではあるけど、周りと比べるとどうにも扱いが違うのだ。嫌われているのかとすら、思えてしまう。


 戦乱の時代は終わり、騎士団は貴族の次男以下を受け入れるための組織になっていた。実際に戦いの場に出ることは滅多になく、あるとしても盗賊の討伐程度だ。その場合も、騎士は指揮を取るという名目で後方にいるだけで、戦うのは平民で構成された国軍の人達。

 所詮は貴族の名誉職であった騎士団だが、あの人が団長になったことで大きく変わった。今では戦場には出ずとも、国を守るという高い意識を持った集団になっている。


 そんな中なので、女性の騎士団員は少ない。私の横には、男性にも負けないような体格の女騎士が並ぶ。

 頭ひとつ小さい私は、制服も鎧も標準サイズが着られず特注だ。剣だって幅広のものは持てないから、細身のレイピアを用意してもらった。今は訓練用の木剣だけど。

 本来であれば、体格で不適合と判断された者は選考段階で拒否される。しかし私はお父様に無理を言って入団させてもらった。卑怯な手段を使ったのはわかっているけど、この気持ちは止められない。


 それでも私は心から真面目だ。あの人に認めてもらうまでは辞める気はない。だから訓練に手を抜くつもりはないし、それなりに実力も身についている。模擬戦では男性団員に勝つこともある。

 でも、女騎士となった理由がこんなものでは、あの人に幻滅されてしまうだろうか。


「私は負けません!」

「そうか、やってみせろ」


 だから必死に叫ぶのだ。いつか、本当の意味を胸を張って告げられるまで。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 彼女はいつも可憐だ。

 俺の難癖に対し、気丈に声を張り上げる。

 俺の胸の辺りに小さな顔がある。強い意志を持ちつつも、気品のある目鼻立ち。そして守ってやりたくなる繊細な肩幅。

 たぶん一目惚れだったと思う。入団試験で彼女を見た際、俺の全身が痺れた。あんな体験は生まれて初めてだった。

 面接時に見せた、はにかんだような微笑みを忘れることができない。


 ただし、騎士団の規則上、あの小柄さでは入団を拒否することになる。それには俺も同意だった。最前線に出ることはなくとも、場合によっては戦いの場に足を運ぶのが騎士だ。あんな素敵な女性を危険に晒したくはない。

 国を守りたいという意志は大変素晴らしい。ならば、その可憐さを他に生かせるというものだ。当時の俺は、お断りするのは心苦しいが、この接点をなんとか生かそうなんて悪辣なことまで考えていたくらいだ。

 しかし彼女は、今この場で騎士としての訓練を受けている。そう、彼女のお父上の要望だ。騎士団に多大な出資をされているお方の申し出を無下に断ることはできなかった。

 

 そうして、特注の制服を着た彼女は俺の部下になった。

 騎士団長である手前、特別扱いはできない。それどころか、コネで入団したのがわかりきっているため、より厳しい対応をする必要があった。そうでなければ、騎士団全体の士気に悪影響を及ぼす。それに、彼女自身が周りと打ち解けられないだろう。


 敢えて身体的な特徴に言及するのは非常に辛かった。むしろ愛でたいと思える要素を否定するのだ。俺は胃が痛くなる思いだった。それでも、毎日彼女を見つめ、声をかけられるのは幸せでもあった。

 俺の代から厳しくした訓練に、必死に食らいついてくる。体格で負けている相手にも果敢に立ち向かう姿は、心から美しく見えた。


 できれば、騎士団は自分に合わない等と感じてもらい、円満に退団してもらいたいと思う。そして、これまでの非礼を詫び、交際を申し込むのだ。

 幸いにも騎士団長という身分は非常に有効となるだろう。貧乏貴族の次男坊でも、なんとか彼女には釣り合うはずだ。釣り合うと思いたい。

 問題は、騎士団での扱いで俺が嫌われていないかということだ。立場上、かなり厳しく指導しているから、不安で仕方ない。

 

「素振りが遅くなっているぞ! その細腕では限界か」

「いえ、まだやれます!」

「ならば、やってみせろ!」


 早く退団してほしいと思いつつ、ずっとこの場に居てほしいとも考えている。いっそ今夜にでも食事に誘おうか。いや、断られたら立つ瀬がない。

 複雑な想いを抱えつつ、俺は無理して怒号を放った。

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