第28話 ゴーレムと畑の改革

「マホロ様、ノルンの体を拭くなら裏庭でやってくださいね」


 魔獣の肉を持って来たメルフィさんからの注意が飛ぶ。

 確かに生活スペースをびしょびしょにするわけにはいかないな。


「外に出ましょう! ご飯は体を綺麗にした後です!」


 マホロが裏庭に出ると、ノルンもトコトコついて来る。

 まだまだ殺風景な裏庭だけど、だからこその解放感もある。

 差し込む朝日を遮るものがほとんどないからな。


「さあ、ノルン! 体を拭きますよ!」


「ニャ~!」


 ザバンッ――!

 ノルンはひょうたん池に飛び込んでしまった!

 勢いよく飛び込んだもんだから、水しぶきがこっちまで飛んで来る!


「まあ、確かに直接水に飛び込んだ方が早いんだけどさ……」


 ノルンは池の中を優雅に泳いでいる。

 落ちた汚れは朝日を受けた砂の力でそのうち浄化されるため、非常に効率的な手段ではある。


 ただ、マホロはぽかーんとしている……。

 こういう飼い主の気持ちを無視した奔放ほんぽうさ……実にネコらしい。


「ニャ~!」


 ひとしきり泳いで満足したノルンは池から飛び出し、ブルンブルンと体を震わせる。

 それを俺たちの近くでやるもんだから、当然また水しぶきがかかる。


「も~! すっかりいつものノルンなんですから~!」


 マホロは怒った顔をしているが、声は心底嬉しそうだ。

 手に持ったタオルでノルンの濡れた体を拭いていく。

 汚れていた毛はすっかり綺麗になり、本来の光沢ある黒色を取り戻した。


「もう安心しても良さそうだな」


 俺はノルンをマホロに任せ、昨日出来なかった作業に取り掛かった。

 それはジャングルから持ち帰った物の仕分けである。


 そのまま食べる物はメルフィさんがすでに炊事場に持って行ったようだが、裏庭で育てる植物は俺が管理しなければならない。

 特にノルンのおかげで手に入れられたバナナの木の苗は、すぐにでも庭に植えたい。


「この機会に畑の区画整理もやっちゃおう」


 ジャガイモやトマトなど、成長してもそこまで大きくならないグループ。

 リンゴやバナナのような大きな木が生えるグループ。

 そして、オアシスの赤い実や薬草のような食べ物ではないグループ。


 大まかに三つに畑を分け、わかりやすいように看板も立てておく。

 こうやって整理しておけば、後からさらに植物を追加しても混乱することはないだろう。

 最後に水やりをして、今日の畑仕事は終了だ。


「さて、いよいよ取り掛かるか……!」


 ノルンを助けたことで一仕事終えた感覚がすでにあるが、俺にはもう一つやらなければならない大仕事が控えている。

 それはオアシス、瓦礫の街、ジャングルを貫く推定百キロメートル超えの水路工事だ。


「頑張ろう、ガイアさん!」


 思わずガイアさんにも同意を求める俺。

 すると、思わぬ返事が返って来た。


〈水路工事には硬質化ハーディングの使用をおすすめします〉


「……硬質化ハーディング?」


 ◇ ◇ ◇


 俺は土木工事に関する知識や経験を持ち合わせていない。

 だから、たとえ非効率的なやり方でも、思いついた方法で俺なりの工事を進めていく。


「まずは街中の水路の復旧だな」


 瓦礫の街には、かつて水の魔業石まごうせきから生み出された水を街全体に行き渡らせるために使われていた水路がある。

 その水路の中に転がっている瓦礫を取り除いたり、ひびが入っていたり、崩れていたりするところは魔法で補修していく。


 とりあえず、人が住んでいる街の中心部の水路だけを復旧させればいいだろう。

 今後必要になったら、徐々に外側の水路も使えるようにしていこう。


 街の中の作業が終わったら、いよいよ荒野で工事を始める。

 いろいろ頭の中でプランを考えた結果、やはり水路は地面の下を通すと決めた。


 地下数メートルとかそんな規模ではなく、水を通したパイプに土を被せる程度の感覚だ。

 荒野には魔獣がうろついているし、魔獣同士の戦いも起こる。


 水路を地表に出していると、負けた方の死骸が水路に詰まるなんてこともあり得るだろう。

 それを避けるために、少しでも土の中に埋めておくのが良いと思った。


 地面を掘る作業は魔法で一瞬だ。

 ただ、流石に数キロの範囲を一気に掘ることは出来ないので、荒野を歩きながら少しずつパイプを埋める溝を掘っていく。


 そして、地面を掘った際に出た乾いた土を使って水を通すパイプを作る。

 ここでガイアさんが言っていた硬質化ハーディングが役に立つんだ。


 その効果はとってもシンプル。

 地属性の物質に魔力を加えて硬くするだけだ。

 その副次ふくじ効果として、物質を思った形で固められるというものがある。


 つまり、溝を掘って出た土を筒状にして固めて、壊れないように硬くもする。

 それを再び地面に埋めれば……水路の完成だ。


 元々パイプの素材はそこらへんに転がっている石や、街の瓦礫を使おうと考えていた。

 でも、これならすべての作業がその場で完結するので非常に効率的だ。


 一度に作れるパイプの長さは俺の身長の倍――つまり6メートルほどが限界で、何度も何度もパイプを作っては溝の中で連結させる作業を繰り返す。

 流石に一日で水路が完成することはないが、これでも元いた世界の水路工事よりはずいぶん楽させてもらってる気がする。


「何日かかるがわからないが……焦ることはない。のんびりやろう」


 水路が完成するまでに水が必要になったら、またオアシスまで走って取ってくればいい。

 焦らず、急がず、朝になったら起きて仕事をして、夜になったら街に帰って休む。


 工事中、魔獣に襲われることもあるが、それすらもありがたい話。

 サクッと倒して、今日の晩御飯に早変わりだ。


 そんな感じでオアシス方面の水路工事はスムーズに完了した!


 さあ、問題はジャングル方面だ。

 地面の下に太い根が張り巡らされていて、遭遇する魔獣の数も尋常ではない。


 土を掘っては出てくる根を切って、パイプを埋めては襲ってくる魔獣を追い払う。

 マホロは俺を手伝いたいと毎日言ってくれるが、流石にこんな過酷な現場には連れて来れない。

 日に日に元気を増していくノルンと一緒に街で待っててくれるのが一番だ。


「もう少し、あと少しで瓦礫の街に水が流れる……!」


 その歓喜の瞬間を想像しながら、ひたすらに工事を進める。

 そして――

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