第27話 ゴーレムと猫

「ノルン……! 良かった……元気になったんだね……!」


 マホロは泣きながらノルンの頭を優しくなでる。

 頭に傷がなかったのは不幸中の幸いだった。

 そこまでやられていたら、助かっていたかどうかはわからない……。


「ニャー!」


 ノルンは体をグッと伸ばして、動き回ろうとする。


「まだ完全に治ったわけじゃないんだから、動いちゃダメだよ」


 俺がそう言うと、ノルンは仕方なさそうに体を横たわらせた。

 外から見ただけでは、ノルンの怪我がどれほど良くなったのかわからない。

 毛にはまだ血がついているし、打撲痕は依然いぜんとして残っている。


 内臓がやられている可能性があった以上、血を拭くため体に触れることも恐ろしかった。

 今すぐにでも体を綺麗にしてあげたいけど、まだ下手なことはしたくないな……。

 苦くて飲みにくい薬も、念のためにまだ飲んだ方がいいかもしれない。


 問題はそれを判断出来るメルフィさんが、気絶するように寝てしまったことだ。

 薬の効果がしっかり出たことに安心して、緊張の糸が切れてしまったようだ。


 さっきまではノルンが元気になったことをあんなに喜んでいたマホロも、電池が切れたようにその場に寝転がり、寝息を立て始めている。

 二人とも寝顔は満面の笑みだし、とりあえず健康面の心配はないだろう。


「ニャー!」


 ノルンが寝ころんだままゴロゴロと寝返りを打って動く。

 本当にどうしても動きたくてしょうがないようだ……。


「うーむ……無理じゃないなら、少し動いてもいいよ」


「ニャ~!」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ノルンはぴょんと飛び上がった。

 動きは健康なネコそのものだが、本当に薬を飲んで一晩休むだけで治るのか……?


 メルフィさんの作った薬がそれだけ素晴らしい物だったのかもしれない。

 元いた世界とこの世界では、薬が持つ力がまた違っているのだろう。


「ゴロゴロ……」


 喉を鳴らしながら俺の足に体を擦り付けてくるノルン。

 ゴーレム相手でもなついてくれるみたいだ。


 それに自分を助けたのが俺だということも、認識しているように思う。

 人間の言葉も理解しているようだし、とんでもない天才ネコだな。


 ただ、ノルンの方から言葉を話すことはないので、気になる疑問の答えは聞けない。

 ロックハートの名でつながったマホロとノルンの関係を……。


「ニャ! ニャ!」


 ノルンが俺の方を真っすぐ見て、短く連続で鳴き始めた。

 今日はなんだか冴えている俺は、その意図をすぐに察した。


「もしかして、お腹が空いたのか?」


「ニャアッ!」


 正解だったようだ。

 でも、物を食べられるほどに内臓が回復しているかどうか、俺には判断出来ない。


「ご飯はメルフィさんが起きてからだな」


 その言葉を聞いて、ノルンは俺から離れて寝ているメルフィさんの方に向かった。

 そして、彼女の体にすりすりと頭を擦り付けたり、しっぽをぺちぺちと当てたりする。


 なるほど、起こそうとしているのか……!

 そういう方向の賢さも兼ね備えているなんて、かわいい奴じゃないか。


「う……うん……ハッ! ノルンッ!? ああ……元気そうで何よりです……!」


 目を覚ましたというか、起こされたメルフィさんはノルンの元気な様子に喜ぶ。

 そして、医者のようにノルンの体のいろんなところに手を当て、内蔵の状態を確認していく。

 こういう技術もメイド修行の中で身に付けたらしい。


「……まだ多少機能が弱っている臓器はあります。でも、適量の食事なら問題ありません」


「ニャ~!」


 ノルンは心底嬉しそうに鳴く。

 でも、今ここにノルンが喜ぶような食べ物ってあったっけ?

 俺がジャングルから持ち帰って来たのは、野菜と果物と薬草くらいだけど……。


「昨日、防壁の周りをうろついていた魔獣を何匹か倒し、その肉を干して保存食にしている最中です。それをいくつか持って来ましょう」


 おお、肉食動物が喜ぶような食べ物があったとは!


「良かったな、ノルン。あんまりガッツリ食べちゃダメだぞ」


「ニャー!」


 ノルンは俺の隣に来て、ジッとしている。

 何かを期待しているように……。


「もっと元気になるんだぞ」


「ニャ~!」


 俺はノルンの頭をそっと撫でた。

 石の手で撫でても喜んでくれるなんて、やっぱりこの子はいい子だ。


「う、う~ん……!」


 マホロが目を覚まし、目いっぱい伸びをする。

 そしてノルンと目が合うと、昨日の出来事を思い出したようで一瞬硬直する。

 その後、ノルンに優しく抱き着いて涙を流し始めた。


「良かった……! 本当に良かった……! また会えて嬉しいよ、ノルン……!」


「ニャ~!」


 感動の再会……。俺も人間だったら涙が流れていた。


「マホロとノルンは……家族なんだね。ロックハート家にいた頃から」


 俺はおおよそ察している情報を述べる。

 マホロはそれを肯定するようにうなずいた。


「ロックハート家の屋敷にいた頃、私が飼っていたネコがノルンなんです。小さい頃からずっと一緒で、人生を共にして来たと言っても過言ではありません」


「それが家の跡目あとめ争いで屋敷をのがれて、ノルンは置いてくるしかなかった……かな?」


 マホロが言いにくそうなところは、あえて俺が先に口に出す。

 静かにうなずいたマホロは、続きを話し始める。


「ノルンはコクヨウヤマネコという大変珍しい種なんです。だから、明日の食べ物さえ保証出来ない逃避行とうひこうに連れて行くよりは、家に残した方がそれはそれは大事に育てられると思ったんです……」


「でも、ノルンはついて来てしまった。この街の近くまで来て、食べ物のあるジャングルを仮の住処すみかにしていたんだね」


「ノルンのためを思って置いてきたつもりでした……。でも、今を思えばノルンの気持ちを全然考えていませんでした……。ガンジョーさんがいなければ、二度と会うこともなくノルンが死んでいたと思うと……!」


 マホロの涙が止まらない。

 突然の再会の喜びと後悔……それで感情がぐちゃぐちゃになっているんだ。


「ノルンにひもじい思いをさせないために置いていったマホロの行動は……決して愛情がなかったわけじゃない。それに俺がいなければって言うけど、マホロがいなければ俺はここにいないんだ。物事はすべてつながっている……。一面だけを見て自分を責めるのはやめよう」


「ガンジョーさん……」


「生きてまたノルンと会えたのは、マホロのおかげなんだ。今はただ再会を喜ぼう!」


「……はいっ!」


 マホロは涙をぬぐって立ち上がると、オアシスで洗濯したタオルと水の入ったバケツを持って来た。


「涙で毛を濡らすくらいなら、水で濡らして汚れを拭き取ります!」


「うん、その意気だ!」


 動物は飼い主に似るという。

 ノルンが強くていい子なら、マホロも強くていい子なんだ。

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