第4話 ゴーレムと名前

「俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ。まだガイアゴーレムの力を完全に理解したわけじゃないけど、きっとこの力なら街を豊かに出来るはずだ」


「ありがとうございます! とっても頼もしいです! でも、ゴーレムさんは自分がゴーレムであることすら知らない、いわば赤ちゃんみたいな状態で生まれて来たわけですし、最初は私の方が大人として色々教えますね!」


 そうか、マホロは俺が別世界から流れ着いた存在だってことは知らないんだな。

 本当のことを伝えるべきか、やめておくべきか……。


 少し悩んだ後、俺は真実を伝えることを選んだ。

 最初から秘密を抱え込んでしまっては、マホロとの関係も上手くいかない気がする。

 それに一回隠すと、いざという時伝えにくくなってしまうからな。


「マホロ、俺は……こことは別の世界から来たんだ。元々は人間だったけど事故で死んじゃって、目を覚ましたらゴーレムの姿でここにいた。元いた世界ではゴーレムも魔法も空想上の存在でしか無かったから、それに関しては何も知らない。でも、それ以外の知識に関してはそれなりに……」


「ええっ!? 別の世界って存在するんですか!?」


 あ、そっちの方にびっくりするのか。

 元いた世界じゃマンガやアニメで使い古された「別世界」や「異世界」って言葉だけど、そういう概念が馴染んでない世界ではこういう反応になるんだな。


「今日は驚かされるばかりです……。ガイアゴーレム、究極大地魔法、それに別世界の存在……! ここまで来たら、もう大抵のことには驚きませんね!」


 マホロはどんと胸を張る。

 とりあえず、俺が別世界の人間だからといって拒絶されることはなさそうだ。


「ということで、俺は赤ちゃんじゃなくて大人なんだ。この世界のことはまだ何もわからないけど、俺に出来ることがあれば遠慮せずに頼ってほしい。本当なら死んで消滅するだけだった『俺』という存在がここにあるのは、マホロのおかげなんだ。だから、俺は君のために働く」


「そう言われると何だか……照れちゃいますね! えへへ……!」


 マホロはもじもじと体をくねらせた後、ハッと何かを思いついたようにこっちを見た。


「元は人間だったということは、ゴーレムさんにもお名前があるということですね? ぜひ、私に教えてほしいです!」


「ああ、もちろん。俺の名前は岩定いわさだつよし。漢字で書くとイワはそのまま岩で、サダは定食の定、ツヨシはゴウの方の剛だ」


「イワサダ・ツヨシ……珍しいお名前ですね。それにカンジというのは……?」


 おっと……いつものノリで自己紹介してしまった。

 漢字はこの世界に存在しないみたいだし、そもそも日本人的な名前が合いそうな世界じゃなさそうだよな……。

 俺は自分の名前を気に入っているが、ここはこの世界とゴーレムにふさわしい新しい名前を自分に与えてやるべきか。


「イワサダ・ツヨシの他に、俺にはもう1つ名前がある。それは……ガンジョーだ」


「ガンジョー……なんだか強そうな名前です!」


「マホロにはこちらの名前で呼んでほしい」


「はい、わかりました!」


 ガンジョー……それは新しい名前というより、幼少期の俺のあだ名だ。

 岩と定をイワとサダではなく、ガンとジョウに読み替えて「ガンジョー」となる。

 まさに頑丈な岩石の体を持つゴーレムにふさわしい名前だ。


「では、ガンジョーさんに私も自己紹介を……あれ? そういえば、ガンジョーさんって最初から私の名前を呼んでいたような……」


「ああ、マホロの名前はこの教会の前にいたおじさんから聞いたんだ」


「そうだったですね。あのおじさんは私たちがこの街に流れ着いた時、食べ物を分けてくださった恩人なんです」


 やっぱりいいとこあるじゃないか、おじさん。

 俺の人を見る目に狂いはなかったな。


 他の住人だって住む場所や十分な食べ物が手に入れば、人を思いやる心を取り戻せるはずだ。

 与えられた二度目の命……人のために使うのも悪くない。


「でも、改めて私の口から自己紹介をします。私はマホロ・ロックハート。地属性魔法の名門ロックハート家、そのげん当主の娘です。そして、このファーゼス領の領主代行だいこうでもあります」


 魔術師の名門、伯爵の娘、領主代行……やはり肩書きはすごい。

 でも現実は幼くして瓦礫だらけの街に放置されている……。

 それでも、彼女は1人ではないみたいだ。


「さっきおじさんの話をした時、私たち・・がこの街に流れ着いた……と言っていたね」


「はい! お屋敷にいた時から私の身の回りの世話をしてくれていたメルフィーナ・メイフィールドという従者が、この街までついて来てくれたんです!」


「それは立派な人だ。その人は今一体どこに?」


 質問を投げかけてすぐ、俺はマズいことを聞いた……と思った。

 お屋敷がどんな建物かはわからないが、少なくともボロボロだったさっきまでの教会よりは住みやすい場所だったろう。


 そこでの生活を投げうってまでついて来てくれた従者が、今マホロの隣にいないんだ。

 きっと彼女はもうこの世に……。


「メルフィなら食料調達のため、東にあるジャングルに行ってます」


「そうか、ジャングルに……ってジャングル? 木がいっぱい生えてて、じめじめと暑くて、猛獣がたくさんいる……あのジャングル?」


「はい! 猛獣というか魔獣がたくさん生息していて、そこでは自然の野菜や果物がたくさん生えているんです」


 とりあえず、ジャングルという言葉の認識はマホロと一致しているようだ。

 しかし、この水分を感じさせないほどに枯れた瓦礫の街の周辺に、大量の水がなければ成り立たないジャングルが存在するとは思わなかったな。


「この街からジャングルまで、どのくらいの距離があるんだい?」


「正確なことはわかりませんけど、特殊な訓練を受けたメルフィが走っても、日の出前に出発して日没までに帰って来るのがやっとなくらい遠いです……!」


 よくわからないが……マホロの表情と声色こわいろ的に結構遠いことが伝わって来る。

 でも、時間をかければ行ける場所であることは確かなようだ。


「ジャングルの近くに住むことは出来ないのかな?」


「やっぱり最初はみんなそう思いますよね。でも、ダメなんです。ジャングルの魔獣はとても強くて、この街の人たちじゃ太刀打ち出来ません。食べ物を手に入れるつもりが、食べ物にされちゃうのがオチなんです」


 まあ、こんな短絡的なアイデアはみんな思いつくよな……。

 魔獣の方が人間より強いから、人間が住みにくい場所に追いやられてるんだ。


 それはまさに弱肉強食……。

 人間も動物の一種だと思い知らされる。


「そんな危険な場所に行って、メルフィーナって人は大丈夫なのかい?」


「メルフィは特殊な訓練を積んでいますから、そこらへんの魔獣には負けません。それでも、もちろん心配ではありますが……他でもない私が食べる物を手に入れるためなので、ただただ感謝と祈りを捧げるしかないんです」


 人間、どうしたって食べ物は必要だからな……。

 この環境では、おそらく食事を必要としないゴーレムの体は大変便利だ。

 俺が食べない分をマホロに回すことが出来る。


「メルフィさんが無事に帰ってくることを俺も祈るよ」


「ありがとうございます、ガンジョーさん」


 にっこりと微笑むマホロ。

 しかしながら、まだ食料の調達については疑問が残る。

 マホロは強いメルフィさんのおかげでジャングルから調達出来るけど、この街に住んでいる他の人々はどうやって食べ物を得ているんだろう?


 住人の中には無気力でとても戦えそうにない人もいた。

 そんな人でも食べる物を食べ、飲む物を飲まなければ生きていけないのは同じだ。

 この疑問を直接マホロに聞いてみる。


「ジャングルに行くことが出来ない人たちは、何を食べて生きているんだい?」


「まず飲み水はたまに降る雨を溜めています。食べ物は幸運が重なって偶然生えて来た雑草や、人の肉を求めてやって来た魔獣を返り討ちにして食べていますね。こんなやせた人間を食べるしかない魔獣は、他の魔獣との戦いに敗れた弱い個体が多いですから、時には倒せるんです」


 想像以上に劣悪な環境……俺は言葉が出なかった。

 生きるか死ぬか、魔獣のエサになるか魔獣をかてにするか、その2つの道が非常に薄い壁で区切られている感覚……。


 この瓦礫の街に平和と豊穣をもたらすには、まず何よりも食べ物が必要だ。

 大地を耕し、畑を作り、そこで作物を育てられれば一番いいんだが……ゴーレムになったからこそ、ここの大地の枯れ具合がよくわかる。

 そのまま植物の種を植えたって、絶対に育つことはないだろう。


 それと飲み水の確保も重要だ。

 いつ降るかわからない雨に命を賭けていては、心に平穏が訪れるはずもない。

 しかし、井戸を掘っても水が出るとは思えないし、水路を作ってどこかから水を引っ張って来たいところだな……。


 何はともあれ、一気にすべての問題は解決しない。

 この世界のことをもっとよく知って、一歩ずつ物事を進めていこう。


「マホロ、今の俺に出来ることはあるかな? 残念ながらガイアゴーレムの力では食べ物や飲み水を生み出すことは出来ないけど、それでもこの街やマホロのために何か始めたいんだ」


「それならピッタリのことがあります! ずばり、街を囲う防壁を作るんです!」


「防壁……か。さっき言ってた人の肉を求めてやって来る魔獣への対策かな?」


「はい。返り討ちに出来れば貴重な食料になりますが、実際はそのまま食べられてしまうことが多いんです。みんな、いつ襲ってくるかわからない魔獣の恐怖と日々戦っています。だから、防壁を作って街の人たちを安心させたいんです!」


 魔獣の肉が貴重な食料とはいえ、それを得るために自分が食われては意味がない。

 まずは防壁を作って安全な生活圏を確保し、それから魔獣を狩る新たな手段を考えるのがいいだろう。


「よし! 作ってみようじゃないか、街を守る防壁を!」


 瓦礫だらけの街の再生、その第一歩を踏み出す!

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