第92話 ――我らの願いし“穢れ”を崇めよ。


【Cスキル――魂分タナトス



 機械音声。

 それを圧して潰す、生贄たちからの声。

悲鳴のような、嬌声のような音。



「ま……まじょ……われ……われらを……」



 その音に応える様に、魔女が膨れ上がっていく。

 “変質”していく、黒き竜へと。


 灰色の髪が、黒く穢れていく。

 白かった肌は、黒き鱗へと変わる。

茶色の瞳は、金色の輝きへと塗り潰される。



「「われらを……つなげて……あいして」」



 “白光”の効果が消えて、強まる生贄たちの声。

 重なる、黒き想い。



「「殺すほどの愛で」」



 俺はゾクリと身体を震わす。

 何だ、この“異質”は?

彼らの声に、ドス黒い感情を感じる。


 洗脳されたはずの生贄が、魔女へと手を伸ばす。



「「私たちを見て――いつでも見ていて……!」」



 俺は勘違いしていた。

 彼らは“生贄”ではない。

順番が違ったのだ。


 魔女が最初にいて、生贄はそれに攫われた。

 そうだと勘違いしていた。



「そう、私が見てあげるんだ。孤独な貴方たちの、愛しき姿をいつでも見ている!」



 エニュールの声が響く。

 心底嬉しそうに演じる、切羽詰まった“人形”の声。



「貴方たちの望む似姿で“魔女わたしはいつでも見ている”――ッ!」



 重なる幻影。

 ディノーの記憶――起源に関わる追憶。


 太古の昔、帝国や王国から森に集いし者。

 母や友人、恋人たちに、見捨てられた孤独な者ども。

彼らはこの森へと惹かれ、逃げ込み、救いを求めた。



 ――『お願いします、“我ら”をお助け下さい』



 森へと連れて来られた、魔物。

 生まれ堕とされて以降、“研究”くらいしか目的が無い。

“お父上”とその“ご友人様”は、それしか与えてくれなかった。

生きる目的を、それしかくれなかった――そんな魔物。


 その魔物――“灰に穢れし、古き血の竜グライアイ”。

 彼女もまた、孤独を抱えていた。



 ――『良いだろう――貴様らを見ていよう』



 その時から、彼女は、彼らの悪しき感情に染められた。

 彼らの為の生贄――彼らの為の魔女となった。


 けれど――彼女は孤独なまま。


 

【私は、誰が見てくれるんだ?】



 黒く染まり切った竜。

 黄色い目のドラゴン。

そいつから、声が聞こえた気がした。



【誰か……――私を愛してくれよ】



 シルフィが、横で俺の腕を強く掴む。

 それから、強く足を張って、立つ。



「あの人にとって私は奴隷だったのかもしれない」



 赤い瞳で、変わり果てたエニュールを見る。

 似姿としてのシルフィを作り出した魔女。

シルフィにとって、彼女の存在は――



「"私"なんかいなくても良かった……そう言われた事もあるんだ」



 蘇った記憶を辿りながら、シルフィは小さく呟く。

 カプラがそれを横目に見つめる。

けれど、その金色の瞳は、どこか別のものを見ている。



 ――『冒険者としてのあの人は、私を選ばなかったって訳』



 失踪した兄、死んでしまった兄。

 カプラにとって、それはどんな存在だったか。

シルフィにとって――魔女はどんな存在か?



「そんな、あの人を……」



 竜を見上げて、シルフィが語り掛ける。



「いや、あなたの事を……――」



 彼女の言葉で思い出す。


 今は無くした、あの日記。

 穴の前、死んだ壊滅パーティが持っていた手記。

アレはあのパーティの誰かが書いたものでは無い。


 ほとんどは、シルフィによって書かれたものだった。

 そして、感じの違う一文。

書き殴られたような一文は――



 ――『どうか“私”を見て。あの愛おしい町娘みたいに好いて』



 あれを書いたのもシルフィだったのだ。

 しかし、あの文に載っていた感情は彼女の物だけではない。


 シルフィは、魔女と繋がっている。

 見ているもの、感じているものを共有できる。



 ――『我らは彼女を――見て



 あの日記には、魔女の想いも載っていた。

 きっと、そうだ。



「私は、あなたの事を――親みたいに想っていた」



 黒い竜がシルフィを見下ろす。

 瞬間、その金色が優しい目に見えた。

包むような母の視線。



「だから、守らなきゃと思っていた……でも、今になって、ようやく分かったんだ」



 シルフィが俺を見る。

 俺も目線を返す。

想いが交わされる。


 それから、カプラとも視線が交わる。

 銀髪少女は俺を見て、それからシルフィにも同じ視線を送る。

同じ視線、同じ想い。

交わって、絡まる――三人の想いが。



「みんなの愛を知って――それで分かったんだ」



 シルフィは持っている長剣を振るう。

 俺の長剣を振って、竜へと――エニュールへと向ける。



「あなたを解放する――それが、私の親孝行だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る