第91話 竜の魔女――


 発動しかける、スキル。

 危機を感じ、生存本能のままに走る、生贄たち。

今までのやり取りで、彼らには十分に危機が伝わった。


 彼らがこのまま走れば、恐らくは“発動”までに逃げられる。

 しかし――


 俺は眉を顰める。

 勝つ為には、全てを賭ける必要がある。


 その為の覚悟は――もう決めた。



「もう良いんだよ、我らが魔女エニュール。さようなら――“ディノー”」



 生贄を横目に、俺は“彼女”のつもりで言う。

 成り切って言う。

ディノーは、こう言いたかったのだろう。


 今は、それが分かるから。



白光イクリクス――発動】



 発動する、範囲スキル。

 俺のモノになったEスキル。

それは、俺達から半径700キロ程度を焼き尽くす。


 ただし、術者である俺の周りには、“安全地帯”が出来る。

 俺の周囲2メートル程度がそれだ。

そこにいる俺とカプラ、それにシルフィは無傷でいられる。


 けれど、エニュールは違う。



「……ッ」



 エニュールが自ら消した、障壁。

 “数値変換メタトロフィス”の冷却時間。

そのスキルレベルがいくら上だろうと。


 カプラよりも冷却時間が短かろうと。

 ここまですぐにやられれば、対応は出来ない。

スキルの冷却完了クールダウンは、まだのはず。



「ぐ……ディノー……貴様……ああぁああ――ッ」



 火炙り。

 目の前で焼ける魔女。



「我らが……娘……――シルフィ……」



 その少女には、“白光イクリクス”を防ぐ手段がない。

 ――彼女一人では。



「……エニュール」



 シルフィが俺達の横で呟く。

 小さく一言、彼女の名前を。


 赤い瞳でまっすぐ見て、悲しそうに視線を逸らす。

 その金髪少女を見て、カプラが更に目を細める。

その手に持つ長剣が震える。

けれども、その表情は――



「……」



 最初に戦った時、シルフィは魔女を守った。

 障壁を付与して、彼女が死なないようにした。

あの時のシルフィは、洗脳状態だったのか――?


 金髪少女シルフィが再び瞳を上げる。

 視線の先で、魔女が揺れる。



「これで……これの……」



 ふらり。

 “白光”に焼かれながらも、魔女は立っている。

不安定にふらつきながらも、立っている。

“鎖”に支えられて、立た


 立ち止まった、奴隷たち。

 その瞳が魔女へと一斉に向く。



「生存本能が……抑圧された……――?」



 生贄と繋がった黒鉄。

 魔女を支える黒い鎖。

それが青く、光り出す。


 “白光”よりも強く輝いて――目が眩む。



「“これ”の……何が良いんだ……――?」



 エニュールが、俺の目前で呟く。

 白む視界の中で、彼女の姿が揺れる。



「何が―――さよなら、だ」



 魔女のHPが段々と削られていく。

 それが、俺の眼にハッキリと映る。

ディノーと混ざったお陰か。

段々と“数値ステータス”が見えるようになってきていた。


 1000以上あった生命力HP

 それが今では一桁だ。

これで終わりだ――



 ――『攻略法指南、その2。最後まで気を抜かない事だ』



 過去からの幻聴。

 聞き覚えのある声。

それが俺の不安を掻き立てる。



「お前に“付与”した一つを――返してもらう」



 力が抜け、倒れかけるシルフィ。

 俺は、彼女を腕一本で支える。

一瞬、傾いて、バランスを崩す。

刹那、途切れる集中力。



「ちょっと……シルフィ――!?」

「……クソ」



 これはマズい。

 イレギュラーな要素。

予測不可能な状況に追い込まれていく。


 そう予感が告げている。



【Cスキ……CCCEEA……――】



 ノイズ塗れの機械音声。

 バグった様に取り留めのない音。


 魔女が笑う。

 その表情が“誰か”と重なる。



「教えてやるよ」



 金髪少女に似た表情、乱れる口調。

 エニュールの銀髪が、熱風に広がる。

それを掻き分け、側頭部から白い角が隆起する。



「本来、こう使うんだぜ――この呪いスキルは」



 鎖から力が流れ、少女の内へと入っていく。

 焼けながら立ち止まる生贄。

その生命力が鎖から伝い、魔女の内へと。


 そして、回復していく。

 魔女のHP、それにその魔力MPまでも。



【Cスキル――魂分タナトス



 そして、魔女は段々と膨れ上がる。

 変質していく――黒き竜へと。


 

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