第五十五話

 浮島は、飯山市内にあるラーメン屋のカウンター席で醤油ラーメンを、すすっていた。そして隣に座った男に言った。


「お前も食えよ。ここの醤油ラーメン、超うめえぞ」


「分かりました」と答え男は注文した。

「すみません、醤油ラーメン一つ」


 調理場から声が上がった。


「ありがとうございます、醬油ラーメン一丁!」

「はい、醬油ラーメン一丁!」


 浮島は感想を漏らした。


「いやー、長野県っていったら信州そばが有名だけど、ラーメンも美味いよな~」

「僕は、浮島さんがラーメン以外の麺を食べているところを、見たことがないですよ」

「そんなことはねえよ。昨日は食ったよ、信州そば。いやー、美味かった! 俺はそばも、うどんも好きだよ」

「へえ、そうでしたか。あ、そうそう、本題に入ります」と男はA4用紙が入っている封筒を、視線を前に見据えたまま浮島に渡して、続けた。


「これが頼まれていたものです。報酬はいつも通りで、お願いします」


 浮島も視線を前に見据えたまま封筒を受け取り、中の書類を確認して答えた。


「さっすが、いつも通り仕事が早いねー」

「ありがとうございます」


 浮島は隣の男の仕事に満足したので少し、おどけて言った。


「また調査の仕事を頼むよ。そん時は、よろしく~」

「はい、もちろんです」とラーメンを食べ終わった男は立ち上がり、お代をカウンターに置いてラーメン屋を出て行った。


 浮島は書類に目を通して、つぶやいた。


「やはりそうか。この事件、何か裏があると思っていたが……。さて、これからどうしたもんか……って決まっているか。いつも通りのことをするだけだ!」


 浮島はラーメン屋を出ると、弁護士の事務所へスマホで電話をした。




 岩佐は201号室で、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。ふと、雄輝を見るとスマホのゲームで大人しく遊んでいた。

 岩佐は思った。もうすぐ昼だ。それまでに、この仕事を終わらせたい。そうすれば昼食を食べた後また、雄輝にドローンの操縦を教えることが出来る。


 岩佐は土木会社でドローンを使って、空中写真測量をする仕事をしていた。そして今はそのデータをノートパソコンから会社のメインサーバーに入力し、誰もが閲覧出来るようにしていた。

 ドローンを操縦している雄輝は、とても楽しそうだった。その楽しそうな表情は去年、妻を亡くしてから初めて見たような気がした。妻を亡くしてからは、やはり雄輝は寂しそうだった。


 岩佐は雄輝に、聞いたことがある。


「雄輝、お母さんが、いなくなって寂しいか?」


 雄輝は寂しさを隠すように、無理やり笑顔を作り答えた。


「ううん。お父さんがいるから全然、寂しくないよ!」と言って岩佐に抱きついた。


 岩佐は思った。このままでは、いけない。だから岩佐は、ある計画を考えていた。

 雄輝の、あの楽しそうな表情を見るためだったら何だって出来る。

 夕食の時、早速それを実行しようと思った。そのためにはまず、今やっているこの仕事を、確実に夕食前までに終わらせなければ。そして午後五時ちょうどに、レストランへ行かなければ。




 白石は202号室で吠えた。


「もう、いい加減にしてよ、みどり! 私は、いつまであなたの世話をしていればいいの?! 毎晩毎晩、酔っぱらったあなたを介抱するのは大変なんだから!」


 麻田は冷静に答えた。


「ごめんなさい、美月。それに関しては感謝しているわ。でも、いつまで酔っぱらった私を介抱すればいいのかって、本当は分かっているんでしょう? 美月?」


 白石は、ため息をついて確認した。


「やっぱり私がやらないとダメなの? はっきり言うけど私は絶対に、やりたくないの! 分かるでしょう?!」

「もちろん、分かっているわ」

「分かった上で、頼んでいるってことね?」


 麻田は深く頭を下げて頼んだ。


「そう。この通り、頼むわ。これは美月じゃないと出来ないことなの!」


 白石は薄ら笑いを浮かべて答えた。


「分かったわ、やってあげる。でも、もちろんタダじゃないわよ。大学の講義の代返くらいじゃ釣り合わないわよ。分かっているわね?」

「もちろんよ。報酬なら期待してて。私に任せて」


 白石は右手を麻田に差し出して言った。


「交渉成立ね」


 麻田は白石の右手を、力強く握って宣言した。


「うん、私たちの未来に光あれ!」

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