【完結済】動く、折り紙の塔~昨夜見た三階建ての塔が、今朝になったら消えていた話と、四話の短編~

久坂裕介

第一話

 三月三十一日。一柳凛太郎いちやなぎりんたろうはリビングにかけてある時計を見て、覚悟を決めた。


 現在の時刻は午前八時五十分。あと十分ほどで彼女は、くるだろう。しかし一柳は彼女の期待には、応えられないだろうと思った。そのため、あの提案をしようと覚悟を決めた。


 一柳は、年代物の二人掛けの黒いソファー二つが、ガラステーブルをはさんでいる、落ち着いた印象のリビングから寝室へ行った。そしてキャリーケースに着替え等を入れ始めた。


 更に三日かけて書き上げた、短編の推理小説を確認した。


   ●


『状況証拠と物的証拠と自白』


 私とMW出版社の編集者、井口いぐち君は私のマンションのリビングのテーブルを挟んで座りうなっていた。

「うーん……」


 しばらくすると井口君が、切り出した。

「つまり、こういうことですか市村いちむら先生。もう三日も締め切りを過ぎているのに、短編推理小説のアイディアが全然、浮かばないと?」

「そうなんだよ井口君、困ったねえ」


 井口君は不満を、あらわにした。

「先日はミステリーのDVDを観て、何かアイディアを出すって言っていたじゃないですか?!」

「そうなんだよ、観たんだよ、それも三枚。でも良いアイディアが全然、浮かばなかったんだよ」


 その言葉に井口君は食いついた。

「それじゃあ、悪いアイディアなら浮かんだっていうことですか?」

「まあね。でもイマイチなんだよなあ……」

「それでもかまいません、それで書いてください!」


 私は、しぶった。

「でもなあ……」

「いいですか市村先生。さっきも言いましたが、もう三日も締め切りを過ぎているんですよ!」


 私は提案した。

「それは分かっているけど……。あ、そうだ、テレビでも見てみないかい? そうすれば何か良いアイディアが浮かぶかも!」


 すると井口君は、言い放った。

「市村先生、とにかくその悪いアイディアで原稿を書いてください。これは命令です」

 と昔、柔道をやっていたという強い力で、私の腕をつかんだ。


「命令?! 作家の私に命令するとは横暴おうぼうじゃないか! こうなったらMW出版社にクレームの電話を……」

 と言う私に井口君は、腕をつかんでいる手に力を込めた。

「もう一度言います、市村先生。取・り・あ・え・ず・そ・の・悪・い・ア・イ・デ・ィ・ア・で・原・稿・を・書・い・て・く・だ・さ・い」


 井口君に気圧けおされた私は腕を振り払い、ぼやいた。

「全く、最近の若い編集者ときたら……」


 仕方がないので私はデスクトップパソコンを起動させ、原稿を書き始めた。



 二時間後、取りあえず私は四枚の原稿を書き、印刷した。それをリビングでノートパソコンを開き仕事をしている、井口君に見せた。すると、聞いてきた。

「市村先生、肝心かんじんのトリックなんですが、どういう感じですか?」


 私が説明すると良い反応が、帰ってきた。

「良いじゃないですか! 全然、悪くないですよ!」


 だが私は、渋った。

「でも私は、あまり気に入ってないんだよなあ……」

「良いですって! それに何回も言ってますけど、もう三日も締め切りを過ぎて……」

「分かったよ、書くよ、書けばいいんだろう?! それにしても君、八月も三日だというのに、長袖ながそでなんか着て暑くないのかね?」


 井口君は、少し考えてから答えた。

「何、言ってるんですか! 市村先生の部屋はすずしすぎるから長袖を着ているんですよ!

 エアコンの設定温度は何度に、していますか?!」

「二十二度だが? これでちょうどいいと思うんだが?」

「涼しいって! 涼しすぎますって!」


 そうか、と思いエアコンの設定温度を二十五度にした私は、聞いた。

「あ、そうだ。少し疲れたからテレビでも見て、休ませてもらうよ?」

「はい、どうぞ」

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