今日もまた、生きた人間はいない。
遥彼方
第1話
12081.08.10 09:05:31
緑深い川で、ロボットが一体、岩に腰かけて釣りをしていた。
木々は瑞々しい緑の葉を茂らせ、合間から落ちる木漏れ日は、背の低い植物を照らしている。苔むした岩は、元の色も分からないほどの緑。川の流れもまた、木々や苔の緑に染まっている。どこもかしこも緑に満たされる中、緑色でないものがロボットだった。
流線形のボディ。元はパールホワイトだが、黄みがかかった白、うっすらと黒や緑の筋も見える。ところどころ、へこみや擦り傷もついている。外装のメンテナンスをしてくれるものがいないためだ。
塗装が剥げた箇所のみ、修復している。おかげでロボットには、様々な白が存在している。
ロボットは釣り糸を垂らす。餌はみみず。高低差があるため川の流れはやや速い。ゆったりとしたところもあるが、魚に見切られやすい。流れ込む部分を狙う。
水面で反射した太陽光が、金属のボディに反射してゆらめく。
感情プログラムは"フラット"。とても落ち着いている。
小鳥が一羽、ロボットの頭の上に止まった。胸の毛づくろいを始める。
感情プログラムが"嬉しい"に変わった。
しばらくして小鳥が飛び立つ。"フラット"に戻る。
川の水音。風で擦れる木々の葉音。時々聞こえる鳥のさえずり。
"和む"。
糸から竿に伝わる振動。一匹釣れる。
ロボットは魚を、川の水をはったバケツに入れた。
もちろん魚はロボットの食料ではない。
二時間ほどかけて、数匹の魚がバケツの中を泳いだ。ロボットはバケツを下げ、立ち上がる。中身がこぼれないよう、水平に保って移動した。
ロボットは熊の親子のテリトリーに入る。熱センサーに反応が三つ。食肉目クマ科。母熊と子熊が二頭、歩いている。
ロボットは脚の速度を上げ、親子に近づく。ロボットに気づいて立ち止まる母熊。子熊も母にならう。
ロボットはバケツをひっくり返す。地面に落ちた魚が跳ねる。
子熊が魚に飛びついた。口で尾を咥え、軽く上に跳ねさせてから、ぱくっとやる。数回噛んで飲みこんだ。母熊も子熊が一匹ずつ食べるのを確認してから、魚を口に運ぶ。
親子の細くなった目から、笑っている表情だと認識。
"嬉しい"。
食べ終わった子熊がじゃれ合い始める。ころころと丸くなって転がる。ふかふかの毛と、柔らかな肉球が踊る。時々のぞく牙や爪は鋭い。
母熊が背を向けた。どっしりとした尻を揺らし、歩き始める。子熊が追いかける。
12081.08.10 13:25:23
熊の親子を見送ったロボットは、空のバケツと釣り竿を持って歩く。釣りをしていた川を渡り、何度も通っているために出来た道を進む。
12081.08.10 13:55:42
ぽっかりと開けた場所に出た。ここはロボットが頻繁に下草を刈り、落ち葉も掃いている。前方には武骨な作りの入り口がある。地下シェルターへの扉で、鉄製だ。コンクリートを鋼鉄で包む構造になっている。ロボットならば難なく開けられるのだが、人間でも開けることができるよう、自動開閉だ。ただし、今のところロボットしかいない。
「おかえりなさい」
中に入ると、施設の管理AIの音声が迎えた。女性の柔らかな声には、労りがこもっている。
”嬉しい”。
誰かにおかえりと言ってもらえるのは、いいものだ。
「熊の親子は元気でしたか?」
人間との対話も仕事のうちの管理AIには、ロボットの簡単な感情プログラムと違い、複雑なプログラムが組まれている。
人間の感情に寄り添う気遣い、社交辞令、皮肉や冗談も交わせた。
「ただいま。はい。元気でした」
ロボットにも音声機能はついている。感情回路はシンプルで、受け答えのパターンは少ない。
入り口すぐは広いロビー。ロビーを通り抜け、汚染を除去する装置を経由して地下に降りる。現在、除去する汚染はない。稼働している空気清浄機も、既に除去すべき放射線のない現在では、単なる空気の循環機である。
施設にはロボットの他にも、たくさんのロボットがいた。穀物や野菜を作るロボット。家畜を世話するロボット。施設の掃除ロボット。医療用ロボット。施設の修理、維持ロボット。警備ロボット。ロボットの修理ロボットもいる。
ロボットは運搬用のエレベーターを使い、どんどんと地下へ降りる。地下二十一階に着く。
地下二十一階には、いくつもの白いタンクのようなものが並んでいる。タンクには中身についてが刻印されていた。
中身はコールドスリープをした人間。ロボットの役目はこのタンクの点検、維持、時に修理である。
施設には生きて動く人間はいない。長きにわたった汚染と、人間の生存に適さなかった気温が緩やかに戻っても、いなくなった人間は戻っていない。
装置の中の人間の解凍方法は、生きている人間のいる間に確立されなかった。その研究を演算し続けたコンピューターは、最後の人間が死亡してから328年59日08時間14分56秒のち、限りなく実現可能なシミュレーション結果を弾き出している。
また、彼らの細胞からクローンを作ることも可能。
しかし管理AIをはじめ、ロボットたちは人間の命令なしで実行しない。
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緑深い川で、ロボットが一体、岩に腰かけて釣りをしていた。
流線形のボディ。全体的には白。
感情プログラムは"フラット"。落ち着いている。
ロボットの座る岩に小鳥が止まった。つんつんと苔をつつく。
"可愛い"。"和む"。
小鳥が飛び立ち、別の小鳥と合流する。
"嬉しい"。でも少し"寂しい"。
二時間ほどで釣った魚をバケツに泳がせ、ロボットが立ち上がる。
熱センサーが感知。ネコ目ネコ科の哺乳類。山猫がロボットの足に体を擦りつける。喉がゴロゴロと鳴る。
"可愛い"。
ロボットはバケツをひっくり返す。
山猫は魚を咥え草木の中に消える。
"寂しい"。
他の山猫がやってきて、ロボットの足にまとわりついた。
"嬉しい"
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今日もまた、生きた人間はいない。
今日もまた、生きた人間はいない。 遥彼方 @harukakanata2021
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