第6話 ビンタ

「ディアヌが原因だと!? 何を馬鹿なことを言って!」

「ですから、無視されていた原因は彼女の振る舞いですわ」

「そんなはずない。ディアヌは――うっ!?」


 突然、激怒していた騎士気取りのウォーレンが仰け反る。凄い勢いでビンタされたからだ。彼の頬を平手打ちしたのは、会話していた私じゃなくて別の令嬢だった。


「貴方は、なんて馬鹿なのッ! ディアヌ、ディアヌって! 貴方のクズな頭の中には、その女のことしか無いのねッ!」

「落ち着きなさいジスレーヌ。気持ちは分かるけれど、そんな男を相手に手を痛める必要はないわよ」

「ですが、ミレイユ様っ! ――くっ」


 顔を真っ赤にして怒る令嬢の名はジスレーヌ。ウォーレンの婚約相手である。私は彼女の肩を押さえて、落ち着くように言って聞かせた。


「……申し訳ありません、お話の途中で割り込んでしまって。でも、我慢できませんでした! この男は女に夢中になるだけじゃなく、ミレイユ様に対しても無礼で! 怒りと悲しさと申し訳無さで、私はどうにかなりそうでッ!」

「ありがとう、私の怒りを代弁してくれて。その気持は、とても嬉しいわ」


 今まで抑え込んでいた感情が一気に溢れ出して、婚約相手であるウォーレンの頬を叩いた。それも、仕方ないでしょう。だって彼は、他の女に夢中になっていた。


 そして今の振る舞いも酷い。ビンタしたくなる気持ちは、よく理解できる。


 ビンタされて赤くなった頬を押さえて、呆然としているウォーレン。彼にも分かるように説明する。


「貴方は、婚約相手のジスレーヌに頬を叩かれても仕方ないことをしていましたよ」

「……しかし彼女は、親が決めた婚約相手だ。恋愛感情なんてない」


 私を睨みつけて反論するウォーレン。親が勝手に決めた相手だから、わざわざ気にする必要もない、ということかしら。


 多くの人達が見ている場所で、女性に頬を叩かれたことを恥じている様子だった。不満そうにも見える。なぜ自分は叩かれたのか。そう思っているのかしら。だが彼のほうが、長い間ずっとジスレーヌを悲しませてきた加害者だというのに、その自覚はないようね。


「そんなの、貴族ならば当たり前ですわ。生まれ育った家の利益を考えて、結婚する相手を決める。それは、当然のことなのです」

「だったら!」

「ですが! 恋愛感情が無いからと、相手を蔑ろにしていいものではありませんよ。婚約者を放置して、他の女性に夢中になるなど貴族として、騎士として論外です」

「……っく!」


 私の話を聞いたウォーレンは、怯んだ。懇切丁寧に話して、ようやく自分の状況を理解してくれたかしら。こんなに辛抱強く話して、やっと。


 しばらくして、落ち着いたウォーレンに話しかける。


「話が少し、ズレてしまいましたわね」

「……そうだな。それで、ディアヌが嫌われている原因とは、なんだ?」


 ジスレーヌがウォーレンの頬を叩いて、ちょっとだけ話の内容がズレてしまった。あらためて、ディアヌが嫌われている原因を説明する。


 ウォーレンや、その他の男達も少しだけ、こちらの話を聞く姿勢になってくれた。まだ睨んでくるけれど。


 そこで私は、ディアヌが嫌われている原因について説明した。

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