転校生美少女はシングルマザー女子高校生だった。

御峰。

第1話 転校生美少女とシングルマザー

 ピーンポーン♪


 今日は家の外が随分と騒がしかった。

 学校帰り、隣の部屋に引っ越し業者が出入りしていて、引っ越して来る隣人がいるんだなと、何となくそんな事を思いながら帰宅した。


 インターホンが鳴って母さんが外に出ると、予想通り隣人の方が挨拶に来てくれたみたい。


 おーぎゃーーー。


 部屋に籠ってゲームをしていた俺の耳を刺激する泣き声が聞こえる。

 この甲高い声は――――赤ちゃんに違いない。隣に引っ越してきた方は、お子様連れな事になりそうだ。




 その日の夕食時。


「母さん。先は隣の人?」

「ん? そうだよ~とっても綺麗な子だったわね」

「綺麗な子?」

「そうよ。蒼汰そうたも挨拶すればよかったのに。とても可愛らしいお嬢さんだったよ~」


 普通、子供を産んだ女性を「可愛らしいお嬢さん」と呼ぶ人はあまりいない気がするけど、母さんは珍しくそう呼んだ。

 最短で十八歳で妊娠して十九歳で産んだら十代のお母さんもいる。


 かくいううちも母さんが二十歳の時に俺を産んでくれているから、俺が生まれたばかりの時には母さん自身も「可愛らしいお嬢さん」だったのかも知れない。

 自慢じゃないけど、うちの母さんは美人だと思うから、きっとその頃に言われていたに違いない。


「あ、そうだ。蒼汰~」

「ん?」

「隣に引っ越して来た早乙女さん、シングルマザーだって」

「へぇー、若いのにシングルマザーなんだ? 大変そうだね」

「そうなのよ。なんだかちょっと疲れた顔だったわね。蒼汰、もし会ったらちゃんと挨拶するんだよ?」

「俺は子供かっ! 挨拶くらいするわ!」


 若いのにシングルマザー。


 その言葉はうちには深い関係がある。なんたって、うちもシングルマザーだから。

 母さんは二十歳で俺を産んでからずっと一人で俺を育ててくれた。

 小学生の頃から周りと違う自分の家の事情に、俺は早い段階から気づき、おかげで母さんに心無い言葉を放つ事がなくて本当に良かったと思う。


 そんな母さんの大変さを知っているからこそなのか、隣に引っ越して来たシングルマザーの早乙女さんがとても気になった。

 まぁ、それでも俺にはあまり関係のない人だから、数時間後には俺の頭から離れていた。


 その日の夜。

 相も変わらず勉強もせず、ゲームに没頭している俺は、数日後発売される『ドラグーンの旅7』が近いので、『ドラグーンの旅6』を久しぶりにやり込んでいた。


 その時。


 おーぎゃーーー。


 壁の向こう。隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が微かに聞こえてきた。

 元々隣の部屋は長年空き家になっていたけど、今日引っ越してきたシングルマザーさんの生活音が微かに聞こえてくる。

 まあ、微かにというか、そんな気がする程度か。


 それにしても赤ちゃんが泣くのって大変だよな……。


 俺は自分の机上にある資格用教材に目を移した。

 将来なりたい職業の為の教材。

 でも、今はゲームに集中だ。

 これでもそれなりに勉強は出来る方だからね。集中してゲームを楽しんでまた勉強を続けようと思う。


 おーぎゃーーー。


 その日、眠るまで時々赤ちゃんの泣き声が聞こえた。




 ◇




 城南高校二年生。


 それが俺が通っている学校であり、学年だ。

 クラスはCクラスで、いわゆる文系のクラスだ。


 そんな俺は『一条いちじょう 蒼汰そうた』と書かれたプレートが貼られている机に座る。

 うちの学校は、生徒の机と椅子にネームプレートが貼られているのだ。


 ホームルームが始まる直前に、珍しく担任の青山あおやま先生がやってきた。


 まだチャイム音は鳴っていないんだけどな?


 青山先生は俺達に構う事なく、とある物を持って、クラスの空いている場所にそれを置いた。


「あれ? 青山先生! その机と椅子って、もしかして転校生なの?」


 いつも先生や学友にフレンドリーな瀬川せがわさんが聞く。

 そんな瀬川さんに苦笑いをする爽やかイケメンの青山先生は、「これから紹介するからな、仲良くしてくれよ」と言う。

 それを聞いたクラスメイト達は歓声をあげた。


 どこの社会でもそうだけど、新しい人は歓迎されるよね。

 …………その人が合わないと分かったら、すぐ離れるけど。


 コケコッコー!


 クラスのスピーカーから個性的な泣き声のチャイム音が鳴った。

 なぜかうちの学校は、最初のホームルーム前のチャイム音がニワトリの音なのだ。


 一度出て行った青山先生だったが、数分で戻ってきた。――――、一人の可愛らしい女子高生を連れて。



 彼女がクラスに入るや否や、男子生徒から大きな歓声が上がる。かくいう俺も叫びたいくらいだった。


 何故なら――――――――ものすごい美少女だったからだ!


 腰まである綺麗なストレート髪は人形じゃないかと思えるくらい綺麗で、顔も芸能人のように整っている。寧ろ、モデルをやっていますと言われても信じるくらいだ。


「はいはい、転校生を紹介する。早乙女、自分で言えるか?」


「はい。皆さん、初めまして、早乙女さおとめあおいと言います。まだこの町に引っ越してきて慣れない事も多々ありますので色々教えてください。よろしくお願いします」


 簡潔な挨拶だったが、その美貌以上に綺麗で澄んだ声がとても印象的だった。

 挨拶が終わった彼女は、先程青山先生が持ってきた机に座った。


 俺との席はだいぶ遠いのだけど、何となく、何となくだけど、良い香りがした気がする。


 ただ、俺はクラスの中でも、唯一・・浮いていて、まともに話せる友人もクラスメイトもいない。

 その理由としては、小学生の頃から母さんの大変さを知ってしまい、遊ぶ事よりも勉強に集中する事を選んだからだ。

 いつの間にか俺に付けられたあだ名は『勉強虫』だったりするが、俺の呼び名なんて勝手にどうぞ、としか思ってない。


 授業の合間の休憩時間、多くの生徒が早乙女さんに駆け寄って色々聞いていた。

 俺は本を読みながら聞き耳を立てていたけど、何となく無難な返しばかりしている気がする。


 ……少し疲れているのかな?


 その日は終わり、俺はまっすぐ帰宅する。

 そして、いつものゲームに電源を入れてゲームに集中する。


 暫くゲームを楽しんでいると、また壁の向こうから赤ちゃんの泣き声が微かに聞こえてきた。

 シングルマザーさんが帰って来たのか、または、赤ちゃんが起きたのだろう。


 赤ちゃんの泣き声が聞こえる度に、俺は机の上に置いてある教材に目をやる。

 …………ゲームをさっさと終わらせて勉強するから今は我慢だ。

 どこかの偉い人が言ったはずだ。「戦士に休息は必要」ってね!



「母さん」

「ん?」

「やっぱり実物の赤ちゃんって、あんなに泣くもんなの?」

「ん~、赤ちゃんによって違うみたいだよ? ちなみに、蒼汰は全然泣かなかったよ」

「え! 俺、全然泣かなかったのか……」

「ええ、おかげでとても助かったけど、起きても泣かないのだから、母さんが眠ってる隙に起きて転がっていたのには吃驚したわね……懐かしいわね」


 へ、へぇー、赤ちゃんの頃の話をされても何も覚えてないから何とも思わないけど、ちょっと面白い事が聞けた。




 あれから三日が経った。


 何か大きく変わった事はないけど、早乙女さんは相変わらず沢山の人達に囲まれていた。

 俺はというと、本日発売予定の『ドラグーンの旅7』にワクワクしている。


 その日の放課後。


 俺は真っ先に予約していたゲーム売り場に向かい『ドラグーンの旅7』を購入した。

 自慢じゃないが、友人がいない俺のお小遣いの使い道と言えば、たまにゲームを買うくらいかな? あとは参考書くらい。

 ただ、参考書を自腹で買った事が母さんにバレると物凄く怒られるので、買う前に必ず母さんに相談しないといけないけどね。


 久しぶりにやり込みたいゲームを購入した俺は嬉しくて、ついついニヤケながら帰宅した。


 しかし、そこで待っていたのは俺の想像を遥かに超えた現実だった。




 うちのアパートの隣の部屋。

 扉の表札には『早乙女』と書いてある。


 そして、その部屋の前には綺麗な髪の制服を着た女性が一人、これから扉の鍵を開けようとしている。しかし、どうやら両手に何かを持っているようで、鍵を開けるのも大変な状況だった。


 ただ、俺が驚いたのは、そういう状況に対してではなかった。






「あれ? 早乙女さん? ど、どうしてうちの隣に……? それに………………赤ちゃん!?」




 そこには赤ちゃんを大事そうに抱え、困った表情の転校生美少女の早乙女さんがいたのだ。

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