政略婚を諦めた伯爵令嬢は、自分に素直に過ごすと決めました。
ただ巻き芳賀
第一話
「シルビア・ヴェルファーレ! 今ここで、お前との婚約を破棄する!」
シルビアの通う王立学園の中庭で、わざわざ生徒の注目を集めるように声高に宣言したのは、子爵令息のオッティ・シモン。
彼女の婚約者である。
「あーあ、よりによって婚約した翌日に学園の中庭でそれする?」
腰に手を当てたシルビアはオッティを哀れんだ表情で見た後、ふーやれやれと息を吐いた。
何事かと中庭に集まった生徒たちは、突然の婚約破棄宣言にどよめいている。
シルビアを心配そうに見つめる数人の貴族令嬢たち、訳知り顔で穏やかに見つめる一人の貴族令息、興味深そうに傍観する大多数の学園生徒たち。
なんと伯爵令嬢であるシルビアはオッティと婚約した翌日、二人が通う王立学園で彼から婚約破棄を宣言されたのだ。
子爵令息のオッティは小ズルい男。
正式に婚約を解消するには、婚約解消に同意して書面を取り交わさなければならない。
だが、これだけ貴族子女が集まった場で婚約破棄を宣言すれば、シルビアの面子は丸つぶれになる。
食い下がることも出来ず、もはや受け入れるしかなくなると思ったようだ。
フフンッと、ドヤ顔でシルビアを見るオッティ子爵令息。
だが彼女は、逆にヘッヘッヘと口角を上げて悪相を浮かべた。
「で? 理由は?」
婚約破棄を宣言されたシルビアは、さして衝撃を受けたふうでもなく、それよりもその理由に興味があった。
「り、理由は特にない」
「あんた馬鹿じゃないの? 理由も考えずに婚約破棄を宣言した訳? それもこんな学園の中庭で!」
「理由は……お、お前と結婚が急に嫌になったからだ」
「はいはい、分かったわ。じゃあ理由は貴方の気持ちの問題で、私には落ち度がないってことよね?」
「そ、そうなるかな……」
「へえ~、そうなの。でも、それなら婚約破棄はおかしいわ。一方的な婚約解消のお願いよね? ならばほら、ちゃんと空っぽの頭を下げて、婚約を解消してくださいとお願いしなさいな」
オッティは蔑まれ思い切り侮辱されたが、見えない力に影響されてどうしても婚約を解消したいらしく、顔を歪めて頭を下げた。
「す、すみません。婚約の解消をお願いします」
「いいわよ。おかげで、馬鹿な子爵令息と結婚しないですんだし。でも、慰謝料はよろしくね」
シルビアは、人妻との関係を隠して自分と婚約した男を睨むと、自分の授かった特別な加護のお陰で婚姻せずにすんでよかったと素直に喜んだ。
◇
貴族邸宅の庭で優雅にお茶を楽しむのは、綺麗な銀髪でロングヘアの女性。
スタイルは良く、少し目付きはキツイが綺麗な顔立ちの貴族令嬢であった。
シルビア・ヴェルファーレ。
名門貴族ヴェルファーレ伯爵家の令嬢である。
「つまんないわね……。ねぇつまんないわ!」
「はい、お嬢様」
暇で退屈したシルビアがお付きの侍従に八つ当たりすると、侍従のバネットは慣れた様子で返事をした。
シルビアは貴族子女が通う王立学園に通っていたのだが、事情があって自主退学した。
別にオッティ子爵令息から学園内で婚約破棄を宣言されて、ショックを受けて学園に行けなくなったという訳ではない。
王立学園に通う子女連中が、ひそひそと噂し合うのに腹が立ったからだ。
「なーにが、お淑やかさに欠けるからよだ。なーにが、慎ましさに欠けるからよだ。馬ッ鹿じゃないの!」
「お嬢様。事情を知らない馬鹿どもは放っておかれたらよろしいかと」
侍従のバネットも最初はこんなに口は悪くなかった。
元々感情表現が乏しかったバネットは、シルビアの専属侍従を務めるうちに、過激な性格の彼女にすっかり感化されてしまったのだ。
「ちょっとシルビアさん! その言葉遣いはなんですの!」
いつの間にか庭でお茶をするシルビアに近寄っていたのは、彼女の母親プレセア。
母親の愛なのか、いまだにシルビアの言葉使いや立ち振る舞いの粗野を見ては注意してくる。
「貴女がそんなだから、大人しかったバネットまで変わってしまったのよ?」
「まーそこは否定しないけど」
「暇ならお見合いして結婚する努力をなさい」
「ねぇ、なんでお母様は結婚しろしろしろしろ急かすの? いいじゃない、結婚なんかしなくったって」
「あのねぇ。ウチは伯爵家で貴女は貴族令嬢なの。我がヴェルファーレ家のために良い貴族と結婚するのが娘の務めなのよ。それくらい分かってるでしょ」
「分かってませーん。嫌よ。馬鹿な貴族の令息と結婚なんかこっちから願い下げ!」
口を尖らせてそっぽを向き、減らず口を叩くシルビアにプレセアが切れた。
「シルビア! いい加減に結婚して出てってくれないと家の評判が下がるのよ! 王立学園じゃ勝手に婚約破棄されて自主退学で戻ってくるし! あんな男でも婚約するのにどれだけ根回ししたか! もうどんな男でもいいから適当に結婚なさい!」
「はあ!? どんな男でもいいって娘に言う? そもそも、私に愛のない結婚は無理だってお母様も知ってるでしょ? 私、呪いの加護なのよ!!」
母親のプレセアが声を荒げると、シルビアがそれを上回る大声で反論してテーブルを叩いた。
置かれていたティーセットは、バネットがサッと持ち上げて回避したので壊されずに済んだ。
シルビアが呪いの加護と口にした途端、プレセアは黙り込む。
呪いの加護。
シルビアが住むステラ王国は星の精霊に守護される国。
女性が生まれると、星の精霊に運命の星が定められてその加護が一生続く。
過激な性格で悪女として知られるシルビアの運命の星は、夜空に赤く輝く極星カタストロフィだった。
極星カタストロフィは聖なる星とされ、その加護は、相愛の人以外との関係が清算される不思議な力が働くというもの。
星の精霊はなんと、愛ある婚姻を見極める聖なる加護を、悪女シルビアに与えたのだ。
だけど、愛など関係なく政略結婚を望む普通の貴族令嬢からすれば、極めて不都合な加護。
愛のない婚約は不思議な力で、破棄されるか解消になるからだ。
政略のために婚約しても互いの愛がなければ、相手から見捨てられ、見放されてしまう星の加護。
一方的に別れを切り出され、悲惨な結末を強いられる運命だった。
愛のない政略婚が一般的な貴族令嬢にとっては、もう星の加護というより星の呪いなのである。
彼女は、母親が申し訳なさそうに気遣ったのを見て余計に不機嫌になった。
「同情なんかして欲しくないわ。別に私は結婚がしたくないだけ! バネット、家を出るわよ! こんなとこいたくないわ」
「はい、お嬢様」
シルビアは裕福な商家の娘風衣装に着替え、バネットにも同様の恰好をさせると屋敷の扉を開けて外に出た。
このプチ家出は最近、頻繁に繰り返されるので、外出用品は既に準備されていてすぐに出発できたのだった。
眉間にしわを寄せ、目付きを鋭くしていたシルビアは、屋敷の門を出ると表情を元に戻した。
「フフ。これでお母様もしばらく結婚結婚言わなくなるでしょ。でもすぐ帰るのはバツが悪いし、今日は街で泊まるわ」
「では宿はいつものところを手配します」
「まだ日も高いしお菓子でも食べに行きましょ」
「宿の近くに噂のおかずケーキを出す喫茶店があります」
「ナイスゥ!」
パチンと指を鳴らしたシルビアは楽しそうに笑いながら歩く。
伯爵令嬢にも関わらずプチ家出で馬車が使えないので、てくてくと歩いて商店へ向かうのだった。
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