第28話 再会(2)

 私はこう思っていた。

 責任を持って最後まで看護師を目指さなければならない、と。

 そのために出来ることを全てやらなければならない、と。


 だから私は自分の部屋に行って、高校の教科書と辞書、そしてスマホを家から持ち出すと決めてリュックサックに詰め込む。

 それを持ってみんながいるリビングに戻ろうと近づいた時、部屋の中からこんな言葉が聞こえた。



「まだ退院させる気はありません」



 それは間違いなく大夢先生の声で、言葉が指す先は私のことだろう。

 ――でも理由が分からなかった。

 まだうつ枯れ病について詳しくわかっていないから、とか、治っている見込みがないから、だとか頭で考えながら私はドアを開ける。


 そして私は、何も聞かなかったかのようにリビングに入った。



「これだけもってくね」



 パンパンに荷物が入ったリュックサックをお母さんとお父さんに見せる。

 お母さんが「忘れ物はない? 充電器とか」と言ってくれたため、私は部屋に戻って入れ忘れていた充電器をリュックサックのポケットの部分に突っ込んだ。


 もう一度戻る時、今度はどんな話をしているか聞き耳を立てながらリビングに向かう。

 けれどさっきとは違って「よろしくお願いします」というお母さんの想像の範囲内の言葉が聞こえてきた。

 私は心の底からほっとする。


 リビングに顔を覗かせて、私と大夢先生は玄関で靴を履く。

 私は振り返ってお母さんの両手をとった。



「また来るね。体だけは気をつけて」


麗桜うららもね。待ってるから」



 ぎゅっと繋いだ両手がするりとほどけた。

 繋がっていた短い時間が、お別れを引き立たせるようで寂しさをぐっと引き立たせる。

 私は目元が熱くなるも、泣かないように強がってお父さんに手を振った。



「またね」


「ああ」



 短い言葉にお父さんらしさを感じて、私は背を向けドアを押し開けた。

 大夢先生を先に通して、私も1歩外に出て、もう一度振り返って手を振る。

 言葉を発しなくてもなんとなく思ってることがわかって、2人の表情から寂しさが伝わって……。

 きっと私も寂しげな顔をしてるのだろう。


 こうして短い帰宅時間を終えた。




 大夢先生の車に戻って、私はスマホを開いた。


 溜まった同級生からのメッセージに思わず目を開く。

 返事をしてもいいのだろうか。

 約1年前の日付にそう思いながら、通知を横にスライドさせて見えないようにする。

 気が向いたら、学校に戻れるようになったら返そう。

 未来にそう思うだけ思って、今できることを探した。


 そして私は〝うつ枯れ病〟と検索をいれてみることにしたのだ。

 この1年で私が知っていることは体験した病状だけ。

 世界でどれだけの人がかかっていて、原因だと考察されている世界恐慌はどんな状況なのか知りたいと思った。


 でも調べなければ良かった。

 調べて後悔するほど、世界はまだ枯れていたのだ──。



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