第5話 ナースコール
はじめは緊張がほどけるようにふぅと息をついて、私はベッドに横たわった。新しい場所で慣れないことをするのはどこか緊張していたのだ。それが解ける感覚は安堵に近い。
でもしばらく時間が経つと、息がうまくできなくなって、喉からヒューヒューと悲鳴のような音がかすれ出るようになった。体は重く動かない。枕の近くにあるナースコールに少しずつ手を伸ばして、持てるすべての力でポチリと押した。
その瞬間、反動で私の腕は投げ出されるようにベッドからはみ出した。
──────
その後、私は目が覚めて意識を失ったことを知らされた。
「どんな症状だった?」
「息がうまくでいなくなって、体もうまく動かなくて……とにかく苦しかったです」
「そう……。それですぐにナースコールを押してくれたのね?」
「すぐではなかったと思います。腕が重くて……。やっとの思いで押せたと思ったら、腕は引力のままにされてしまって……」
「大変だったわね。今までにもこんなことはあった?」
「いえ。なかったです」
「何か思い当たる節とかある? その時考えていたこと、とか」
香奈恵さんのその言葉に私は記憶を辿る。たしか、ほっとして、今頃お母さんたちはどうしているかな、なんて考えて――。
ああ、そうか。私がここに来たことでお母さんたちはきっと幸せになれる、そう思って安堵の息を吐いたのか。
でもその反面で私は私自身に意味を探し出した。
今まではお母さんに迷惑をかけないように、お父さんの言われたとおりの学校を通って普通を演じていた。じゃあ、お母さんとお父さんが側にいない今の私は、何をすればいい? どう生きればいい?
そもそも生きる意味は――。
「――さん! ――佐々木さん!」
ハッとしたとき、また私の喉からヒューヒューと息がかすれ出ていて、香奈恵さんは私の体を必死に揺らしてくれていた。
「深呼吸できる?」
香奈恵さんの声通りに私は深く息を吸った。喉から出ていた変な音が小さくなって、心なしか楽になった気がする。
「大丈夫よ」
その柔らかな香奈恵さんの声に自然と私の頬に涙が零れた。
この涙は困惑の涙か、ただ単に自分がいつも通りではないその恐怖への涙か、未だに答えは分からない。けれどたしかなのは、これ以来私は泣くことがなかったということ。
枯れるということはそういうことで、この病気の本性が私の体に現れでたからだ──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます