第3話 悲劇
私のお父さんの会社が倒産してしまったのだ。
そう、この病気のきっかけだと考えられる世界恐慌は、思ったよりも私の身近にあり、そして、その恐怖を肌で感じてしまった。
――どんなにいい学校に通ってもうまくいかないかもしれない。私はこの出来事によってマイナスの方向にしか物事を捉えることが出来なくなったのだ。
だからと言って、すぐにはうつ枯れ病にはならなかった。
心に直接的なダメージを受けたお父さんが我が家で最初にうつ枯れ病になったのだ。
でもその当時、2019年2月末はまだ枯れてしまった人は少なく、〝うつ病〟として診断されていた。
お父さんの症状は次第に悪化していった。部屋に引きこもりで、リビングに降りてきたかと思ったら今にも死にそうな顔をしていたり……。とにかくひどい状態だった。
そんなお父さんを支えないといけないお母さんは、休む間もなく常に体を動かしていた。家にいる間は家事を、外に出れば仕事に励んでいた。お母さんがそれだけ働いても、パートやアルバイトではまともな収入にならない。そして家計簿に目を落としながらお母さんはため息を落とし、止まってしまった。
お母さんもうつ病となってしまったのだ。
そんな両親を見て私が平気なはずがない。もちろん、これ以上お母さんを壊さないように学校へと足を運んだが、周りの人が見せる笑顔が憎たらしくて、逃げるように早退したり、学校への道のりにある公園のベンチに座り込んだり……。そんな不真面目で、生きることに後ろ向きな毎日が続いた。
ある日突然、この生活に終止符が打たれることとなる。
ピンポーン。
家のインターホンが鳴った。お母さんがピクリとも動かないので、私が玄関へと足を運ぶ。
ガチャッ。
「こんにちは。突然すみません。私、こういうものでして」
男の人が私に向かって名刺を差し出してくる。私はそれを静かに受け取った。
『……総合病院 精神科
書き示された『精神科』という文字をもう一度なぞるように確認して、私は彼を見上げた。
「精神科医の河野 大夢と言います。佐々木さんでお間違いありませんね?
少しお話を伺わせていただけないでしょうか?」
私は少し迷った。本来なら、お母さんに確認を取らなければならないはずだが、今状況では頷いてくれるかも危うい。それに私は心底、今の状態を助けてほしかった。変えてほしかった。
だから何とかしてくれるかもしれない、という甘えで、彼を家の中に案内したのだ。
彼をリビングに居れると、「お母さまでいらっしゃいますか? お邪魔します」とお母さんに向かって挨拶をした。
しかし、お母さんは全く動じなかった。
普通、無視されるような態度に困惑してもおかしくないのに、彼は真剣な顔をして私の方を見た。
「いつ頃からお母さまはこの状況に……?」
「えっと、3週間ほど前です」
「となると、2019年2月初めですね。そのころに何かありませんでしたか?」
「1月末にお父さんがうつ病になりました。会社が倒産して……。
お母さんは代わりにお金を稼ごうとして、働きすぎて、こうなって、しまいました……」
その時の状態を無理やり口にした途端、私の胸が苦しくなった。どうして世界はこんな悲劇に溢れているのか……。
どうして私がそうならなかったのか……。
絶望しながら私がうつになればよかったのに、と自分を悔やみ、悔やみきれず俯いて呆然とする。
涙すら出なかった。
そんな私は、次に聞こえてくる彼の発した言葉に、顔を上げずにはいられなかった――。
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