茶番劇
その日、俺の
「子供を誘惑しているそうだな」
「……俺は毎回来るなって言ってるんだけどな」
酸を浴びせられた皮膚が空気に触れる痛みを堪能しながら、俺は呟いた。とうとうバレたか、と思う。ニーナが俺を訪ねるようになってもう五年、いつまでも
「ちゃんと見張ってやれよ。あと……もう少し優しくしてやれ」
だが、直言の良い機会ではあった。彼女が俺なんかに構うのは、
子供なんだから、と言いかけたのを遮るように、クラウスは俺の差し向かいに腰を下ろした。血と膿の悪臭にも、
「
ああ、目で分かる。こいつは俺を許していない。
「親を殺されたんだろ。もっと、甘えさせてやれよ」
「死んで当然だった。両親とも
俺を驚かせたのが嬉しいのか、クラウスは唇を三日月の形に笑ませた。そうしてできる皺を見て、こいつが老いたのに気付く。俺も、本来は同じ年を重ねるはずだったのに。何もかもが、思った通りにならなかった。
「
「おい……っ
傷を忘れて食ってかかろうとした俺は、剥がれた皮膚が
「だが、お前は子供が死ぬのを望まないだろう。そのためにどうすれば良いか──分かるな?」
* * *
訓練場に引き出された俺は、初めて手足を縛る銀の鎖から解放されていた。とはいえ不審な動きをしないように、幾つもの銃口が俺を狙ってるから、身体ほどには心は軽やか、という訳にはいかないが。
クラウスの奴、ニーナと俺が会ってることに最初から気付いてたな。その上で、互いに情が移るのを待っていた。さすが
『彼女は身をもって学ばなければ。
俺の役目を命じながら、奴はそう語った。
『親しいと思っても──夫だろうと父親だろうと。飢えれば牙を剥く卑しい
クラウスが罵ったのは、有象無象の
『これは彼女にとっても最後の機会だ。
俺と対峙する今日のひよっこは、師の手助けを借りることはできない。細い手に、銃も
『だが、お前の演技次第でどうにでもなるだろう。お前の罪はあらかじめ教えておくし、な』
青い目が、俺を捉えて不安げに瞬いた。クラウスのの言葉が本当か、確かめたいんだな。そんなことしてないって言って欲しいんだろう。
「こいつを倒せば、解放してくれるんだな?」
「ああ。お前はもう十分苦しんだからな」
筋書き通りの台詞を言うと、傍観する構えのクラウスは滑らかに嘘を吐いた。俺を許す気なんて毛頭ない癖に。だが、構わない。この茶番で、ニーナが心置きなく俺を殺せるようになるなら。
「おじさん……嘘でしょ……?」
「本当さ。残念だったな」
声を震わせるニーナに、俺はいかにも化物っぽい、獰猛な笑みを浮かべてみせた。手も震えさせて、銃を落とすんじゃないぞ、って思いながら。
「────…………っ!」
喉からほとばしるのは、人には聞こえない音域の咆哮。それでもびりりと震える空気に、観客兼試験官たちは一斉に顔を顰めた。
咆哮を契機に、俺の肉体は変貌する。背中には棘を備えた蝙蝠の翼が生える。手指は伸びて一本一本が短剣の鋭さに変じる。
やったことがなくても、
「おじさ、待って──」
「美味そうな小娘だな!」
下手な台詞を言いながら、駆ける。ニーナの間近の地面を抉る。すると、跳ねて攻撃を
背中の翼を動かして土埃を巻き上げながら、どう殺されるかを考える。同時に耳に蘇るのは、クラウスの密やかな呟きだった。
『俺はお前なら彼女を任せられると思ったんだ』
かつての友に、苦しげな顔でそんなことを言われたら。茶番に付き合ってやるしかないだろう。俺は本当に行き当たりばったりで考えなしで──だから今度こそ、思った通りの結末ってやつにしてやるんだ。
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