贖罪の痛み
俺のくだらない追憶は、赤い衝撃によって砕け散った。赤は、強烈な痛みが目の前を染めた色。衝撃は、腹に撃ち込まれた鉛の弾丸が肉を爆ぜさせ内臓を引き裂いた時のもの。
「っぎゃああぁあああっ」
悲鳴と同時に、
「この程度の損傷はすぐに再生する。手足を狙え」
「で、でも……」
低く静かに命じるのは、
「
「は、はい」
慌てて頷いたひよっこは、俺よりも
「く、そ……っ」
三発目が見事に膝を砕くのを感じながら、俺は右手でこぼれる内臓を抑え、左手で地面を掻いて手近な石壁の裏に逃げ込んだ。手足に絡んだ銀の鎖が、しゃらしゃらと涼やかな音を奏でる。逃げても無駄なのは分かってはいるが、目の前に苦痛と恐怖が迫ったら逃げるのが人間──いや、
苦痛と恐怖は、もはや俺の日常なんだが。俺が死んだあの日から──たぶん、二十年くらい、ずっと。
妻と娘の亡骸を抱えて、クラウスのナイフみたいな目に射抜かれた時はこれで終わりだ、って思った。事実、こいつは瞬く間に俺の手足を斬り落としてくれた。だが、俺の期待なんて裏切られるためのものだった。思い通りになるなんて、思っちゃいけないんだ、俺は。
俺が塵となって消えることは許されなかった。銀糸を織り込んだ布で丁重に梱包されて、俺は
「痛えな、くそ……」
猫みたいに密やかなクラウスの足音と、もう少しうるさく慌ただしいひよっこの足音が近づく。間近に迫ったさらなる苦痛に止まった心臓が締め上げられて、目眩にも似た頭痛が脳を掴む。あと何歩か、何秒か──そして俺はまた仕留められるのか。ふたりの
「っあ──……?」
と、思った時には、俺の心臓は貫かれていた。
標本にされかかった虫みたいに無様にもがく俺に、クラウスとひよっこは悠々と近づいた。いや、ひよっこのほうは、血塗れ傷塗れの俺に腰が引けているか。
「再生の速度もよく見ておけ。実戦では夜の闇の中で次弾を装填しなければならない」
「はい……!」
鉛の銃弾なら、
俺は、
でも、ああ。
ひよっこの震える手が、引き金を引いた。外しようもない至近距離。俺を殺してはくれない鉛の弾丸が、頭蓋骨を砕き脳をまき散らす。その音を聞きながら、俺は思う。
彼女も、娘も。恐怖も苦痛も絶望も、こんなものじゃなかっただろう。俺は何度でも苦しめることを喜ぶべきだ。二十年に渡って切り刻まれても、俺の贖罪はまだ全然足りてないんだ。
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