吸血鬼はまだ死ねない

悠井すみれ

こんなはずでは

 行き当たりばったりで、思いがけないことばかりの人生だった。




 狩人イェーガーになったのは、別に正義感からじゃない。好き好んで吸血屍鬼レーベンデトーデどもを追う危険な稼業だ、どうしたって胡散臭い、後ろ暗い印象がついて回る。ただ、学も家柄も財産もない俺が身体ひとつで始められるからってだけだった。


 始めてみると、俺は意外と化物狩りに向いていた。対吸血屍鬼レーベンデトーデ用に銀の細工を施した剣やナイフや銃弾が、思いのほかに手に馴染んで。

 人のために始めた訳じゃなくても、人を助けて感謝されるのは、くすぐったくて嬉しかった。競い合う仲間も、慕ってくれる後輩もできて──あの頃は、楽しかった。


 彼女に求婚したのも勢いだった。だって、狩りでヘマをして、死ぬかと思ったから。心残りがないようにって。まさか、あんなに大泣きされるとは思わなかった。しかも後で怒られた。血塗れのプロポーズなんて雰囲気がない、って。でも、俺だって格好つけて死ぬつもりが締まらなくなったんだからお互い様じゃないか?


 そうだ、娘ができた時もちょっと揉めた。優秀な狩人イェーガーが産休なんて、ってに怒られた。他所の家庭に、まったく余計な口出しをしてくれたもんだ。まあ、俺のほうでも計画的じゃなかったかもしれないが。これも、勢い任せのひとつ、かな。

 だけど娘は可愛かった。子供なんてうるさいだけだと思ってたのに、我が子だと全然違うった。何をしてもだらしなく顔が崩れたし、何をされても叱るなんてできなかった。それでまた彼女には叱られたけど。だって、彼女と同じ金の髪と青い目の天使なんだぞ。仕方ないじゃないか。




 勢いで生きて来た俺も、地に足をつけようとし始めていた。家族のためにも危険な仕事は止めて、後進を訓練する側に回ろうか、とか。でも、俺は人生を舐めてたし調子に乗ってた。真面目に堅実に、なんて遅かったんだ。


 俺は、吸血屍鬼レーベンデトーデの世界でも有名人になってた、らしい。もちろん悪い意味で、怨嗟の的として、だ。奴らにも情報網ってやつがあるみたいだった。少なくとも俺を襲った奴はそう言っていた。

 俺を、吸血屍鬼レーベンデトーデの眷属に引きずり込んだ奴は嗤ってた。ぼろぼろになった俺に奴の汚れた血を注いで、そうして俺の血と入れ替えながら。狩人イェーガーが狩られる側に回るのは面白い。守ってきた者に忌まれ、かつての同胞に追われるのは愉快だ、って。


 そいつの言った通りになるのは当然だし、そうなるべきだった。元狩人イェーガーが人を殺めたなんて洒落にもならない。さっさと殺してもらわないと、って。俺も、冷静に考えることができていた。少なくとも、その時は。


 ただ、最後に家族の顔が見たかった。人として当然の想いのはずだった。俺がまさかことをするはずがない。彼女だって狩人イェーガーだったんだ、万が一があっても対処をしてくれるだろうって。家の中には、銀のナイフも銃弾も十分にあったんだから。


 分かるもんか。


 俺を見て、銃を構えた彼女が手を震わせるなんて。歴戦の狩人イェーガーが、明らかに人でなくなった俺を撃てないなんて。俺が、彼女を──美味そうだと、思うなんて。彼女の首を折って、牙で皮膚を裂くのがあんなにも簡単だなんて。

 血塗れの彼女を抱いて泣く俺に、娘は駆け寄って来た。それも、思ってもみなかった。優しい子だったんだよ。心配してくれたんだよな。吸血屍鬼レーベンデトーデの危険について、もっと教えておけば良かった。小さいから、怖がらせるから、なんて言ってないで。


 でも、何より信じられなかったのは妻と娘の血の甘さ、それがもたらす甘美な酩酊だった。生きた血の熱さに、俺の冷えた肉体が湧き立った。吸血屍鬼レーベンデトーデどもがどうして人を襲うのか、俺は身をもって知ってしまった。もう戻れないと、思い知らされた。


 生きているもののいなくなった家の中で、カーテンを開け放って朝日に焼かれるのを待ちながら。物言わぬ妻と娘を抱えて。俺はずっと頭の中で繰り返してた。


 こんなはずじゃ、なかったんだ。

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