第7話
住み慣れたアパートの一室は大人数で狭くかんじる。それすら楽しいとすらかんじる和気藹々とした雰囲気。お好み焼きを裏返すのに失敗したことさえ笑いとなって、酒が進んで声が大きくなる。
飲み会特有の談笑につられて笑顔になるけど、生きた心地がしない。
この場に似つかわしくない制服姿のれみがある意味浮いている。
周りは気遣って話しかけたりしているけど、大学生特有のノリについてこれないようで困惑気味。
それとなくフォローしたり酒を飲まないかと気が気じゃない。
「なぁ瞬。本当にあの子とはなんでもないのか?」
「しつこいぞ」
健が本日何度目かの質問をし、同じく説明をする。
最初は皆驚いて恋人か付き合っているのかと茶化したり。
それでれみもれみであわあわとしどろもどろになっていて面白かった。
理由はれみが何度も話してくれたけど、どうしても納得できない。今までのことがあったからただ単に興味があるから参加するというのは首を捻ざるをえないんだ。
正直、れみには悪印象しか抱かれていないって自覚している。だから集まりに参加するのは一度拒否した。
参加者たちに聞いてみて、それでだめだったらとれみが食い下がってきたので一縷の望みをかけたものの、見事に全員オールオッケー。
ノリよすぎだろ。特に健と小田先輩はぜひ連れてこいと強く言ってきた。
健はまだしも先輩には逆らえない。
隣にいる健は、女子を口説くことにシフトしたけど他の面子が絡んできた。
本当はれみの隣に行きたいけど、そうすると不自然さが目立つ。
自分達にとっては高校生という懐かしい存在を前に、皆(特に女子)はテンションが上がっていて優しく接している。
ひとまず安心。けど、それでもちらちらとれみを見やるのが精一杯だ。積極的にフォローできない。
「れみちゃん、楽しんでる~?」
小田先輩はノリについてこれてないれみの隣に陣取り、ジュースをついだり話しかけている。
「はい。おかげさまで。毎日こんなことをしているのですか?」
「毎日ってわけじゃないのよ? ただ課題が終わったあととか予定が合った日とか。まぁなんだかんだで遊んだりお酒を飲んだりする理由がほしいのもあるけどね~」
「ウェストハイマ―さんのところで毎回集まっていますか?」
「そうね。瞬君の部屋がなにかと集まる場所になりやすいわね~」
もうウェストハイマ―さん呼びは勘弁してください。お願いします。
「それでどうかしら? 大学生の集まりは。大学とは違って楽しいっておもってもらえてる?」
先輩の意図を察することができた。
れみは大学にいい印象を抱いていないって心配したんだ。それで、少しでも認識を改めてもらいたいっていう善意。
「男女が一つの密室に集まるのは不健全では?」
「あらどうして?」
「どうしてって、その・・・・・・」
「ん~? れみちゃんはなにが不健全だっていうのかしら~? 男女がいるとナニがおきるって心配しているのかしら~?」
「ですから、ごにょごにょ・・・・・・・・・」
「聞こえないなぁ~。もう少し大きい声で言ってくれる? 皆に聞こえるくらいに~」
先輩、酔ってます?
それともわざとですか?
あのれみがたじたじになるなんてすごいけど。いつもと違う悪戯っぽさが全面に出ていてギャップがある。
れみはお好み焼きを口にかきこんでジュースを一気飲みした。そのとき、あることが気になった俺はついぼそっと呟いた。
「紅生姜食べれるようになったのか」
昔、れみは紅生姜が苦手だった。事あるごとに残して俺に食べてくれるようお願いしてきたんだ。
別に絶対食べなきゃいけないものじゃない。けど、そんな小さなことが嬉しくもあり寂しくもある。
「んん!? 上杉くん今なんつったの!?」
「え!?」
「あ、紅生姜がなんとかって聞こえたけど!? それって竹田ちゃんのこと!?」
目敏く両隣にいる女子に聞こえてたらしい。勘のいいやつめ。
「小田先輩、今上杉上等兵の聞き捨てならない台詞を聞いたであります!」
どこかの軍人よろしく。敬礼と敬語をわざとらしいくらい強調して報告しやがった。
「上杉上等兵はなぜか竹田れみちゃんの好みを把握していたであります! このことから二人は既に恋仲にあると推察できるであります!」
女子は人の恋愛事情に首を突っ込んだり盛り上がるのが好きなんだってのは、今までの経験則でわかる。
小田先輩も「え!?」目を爛々と輝かせてもっと詳しく! と。他の子たちもれみを囲みにいって質問攻め。対する男連中はというと。
「「なにぃ!!??」」
嫉妬と憎悪。憤怒に染まった表情で取り囲む。
汗臭くてむさ苦しい男どもに捕まって逃げ場がない。
「おいお前どういうことだ! 俺たち卒業するまで健全な体でいようって誓ったじゃねぇか!」
「なぁ瞬お前抜け駆けしたのか!? 俺たちを騙していたのか!?」
女子たちのきゃあきゃあという盛り上がりとは正反対。ひたすら責められ、怨嗟をぶつけられる。
「違うって! ここに来るまでの間にお好み焼きやるって伝えて! それでなんか紅生姜が苦手だったって聞いただけだよ!」
「「ほんとうかぁ!?」」
「健だって知ってるだろ! 俺とあの子オープンスクールのとき初めて会ったって! それで今日偶然会っただけだって! 連絡先も知らないのにどうにかできるわけないだろ!? ねぇ竹田さん!」
俺の話すことだけじゃきっと信用されない。ここでれみにも同意してもらうことでごまかす。俺たちの関係はややこしくてれみも離したくないに違いない。
「・・・・・・・・・見かけによらず強引な人でした」
れみいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
なんでちゃんと言わない!?
なんで意味ありげなことを短めに言う!? 誤解を招くでしょ!
「どゆことどゆこと!?」
「もっと詳しく教えてくれない!?」
「詳細キボンヌ~」
「うらぎりものがああああああああああああああああああああ!!」
「埋めてやる! バラバラにしてそれぞれの体のパーツを全部ちがうところで埋めてやる!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
阿鼻叫喚。男子たちからは肉体言語で攻撃される。女子たちはさっきより大きな声できゃああああ! と騒いで盛り上がっている。
「私に突っ込むときも激しく大きくて、もう少し静かにってお願いしたのにかまわないで」
「突っ込む!? なにを!?」
「静か!? 音を気にしなきゃいけない場所でってこと?!」
「詳細きぼんぬ~」
ツッコミのことだろそれえええええええええええええ!
突っ込むじゃなくてツッコミだ! わざと誤解されるような言い回しするなよ!!
なにれみ俺のこと嫌い!? 人生終わらせようとしてる!? それならはっきりそう言って!
解放されたのは十分経ってからだった。
男連中が「今日はこのくらいにしといてやるか」と離れたのをそれをきっかけにして小田先輩の一声で皆落ち着きを取り戻した。
ひたすら疲れた俺はお酒で喉を潤す。
「お疲れさまです」
いつの間にかれみが姿勢のよい正座でちょこんと隣に。なに食わぬ顔で皿を差しだしてくる。
こいつ、いけしゃあしゃあと。
「なぁ、どうしてあんなこと言ったんだ?」
「じゃあどうして兄さんは嘘を伝えようとしたんですか?」
「それは、ややこしいだろ。俺たちの関係って。場の空気を悪くしちゃうだろ」
納得できないと言いたげな、む~っとむくれているれみ。俺が嘘をつこうとしたのが気に入らなかったのか?
「でも、楽しそうですね皆」
「え? ああ、そうかもな」
「じゃあ私がああ言ったことは場の空気を盛り上げることに役だったってことですよね」
「ええ~? そういう風に持っていくの? 勘弁してくれよ。明日また根堀葉堀聞かれるし噂になるかもしれないし」
「私と噂になるのがいやなんですか?」
「お前がじゃなくて。高校生に手を出すとかよくおもわれないだろってこと。ただでさえ今世間でいろいろ問題になってるってのに」
未成年と成人が関係を持つ。どんな経緯こそあれなにかと話題になりやすい。
それこそ裁判とか逮捕とかに繋がりやすいデリケートなこと。俺はまだしもれみだって少なからず悪影響が出てるだろう。
「だったら本当のことを主張すればよいのでは? 後ろめたいことがないのならできるはずです」
後ろめたいこと。
呼吸を一瞬忘れる。
れみはまっすぐ見つめてきて、俺の反応を試しているようだったけど、俺はなんとか視線をそらすことで精一杯だった。
いろいろ理由を付けてはいるけど、まさに義理の兄妹だって説明をできないのは、俺がこの子に対して後ろめたいことをしたっていう自覚があったからだ。
「私たちは昔義理の兄妹だったと。今はお付き合いしてもなんの問題もない赤の他人だと」
じっとこちらを試すようなれみの台詞に意志の強い態度。
お付き合いとか赤の他人は置いておくとして。
「それともなんですか? やはり後ろめたいことがあるのですか?」
ぐいぐい迫ってきて、どんどん圧が強くなる。そのせいで考えがまとまらない。
「あの、少し時間ちょうだい?」
「まさか義理の兄妹だったけど今は一人のかわいい女の子として見てるぜ恋人にしたいぜ嫁にしたいぜえっちなことしまくりたいぜぐへへ、っていう後ろめたさがあるんですか? だから説明できないのですか?」
酔ってる? 目を離した覚えはないけどお酒飲んだ?
くらいおかしいこと言ってる。それともれみの素?
「お前年がら年中頭の中そればっか?」
「兄さんと一緒にしないでください」
いい加減俺に対する誤解をなんとかしたい。
「あのな? れみ」
「おいお前らあ! なぁに二人でいちゃついてんだぁ!」
目敏い健にこれ以上詮索されたくなくて、話を諦めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます