職業? 悪役令嬢です♪

美袋和仁

第1話 職業? 悪役令嬢です♪

 ☆マリアの場合☆


「あらぁ。地味すぎて気がつきませんでしたわ、マリア様」


 転ばせた男爵令嬢を見下ろしながら、スカーレットは悪し様に罵る。

 耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言の嵐に、周囲はドン引きだ。

 彼女の名はスカーレット・ガルタニス。宰相を勤める侯爵家の御令嬢である。

 見事な金髪碧眼にスラリとした身体。手足が長くて細い印象があるが、出るとこは出たナイスボディ。

 ドン引きしながらも紳士諸君の視線は、たわわな膨らみを持つ彼女の胸元に集まっていた。


 スカーレットは腕を組み、男爵令嬢の前に立つ。


「だいたい、貴女のお家は男爵でしょう? 幼馴染みか知らないけど、伯爵家令息であらせられるロビン様に慣れなれし過ぎじゃありません事? やだわ、自分を知らない娘って。ロビン様も呆れておられますわ。御迷惑よ」


 口元を軽く指で抑え、あからさまに嘆息しながら、スカーレットの眼は愉悦に弧を描く。

 男爵令嬢は今にも泣き出しそうだ。


 そこへ一人の令息が飛び込んできた。


「いい加減にしろっ、スカーレット嬢っ!」


 やって来たのは件の伯爵令息。彼は男爵令嬢マリアがスカーレットに絡まれていると聞き、急ぎ駆けつけたのだ。


「大丈夫か? マリア」


「ロビン...様」


「ロビンで良い、君が恥じる事は何もない」


 そういうと、ロビンは辛辣な眼差しでスカーレットを睨め上げる。


「金輪際、マリアに近寄らないでくれっ! マリアは....僕の大切な女性だっ!!」


「ロビン?!」


 驚く男爵令嬢にスカーレットは汚物でも見るような蔑みを浮かべ、軽く頭を振る。


「有り得ませんことよ、ロビン様。そんな婢に」


「彼女は男爵令嬢だ、婢などではないっ!」


「男爵なんて下級も良い所じゃないですか。婢同然ですわよ」


「貴女という人は....っ、話にならないっ、失礼するっ!!」


 令息はマリアを連れて、足早にそこから立ち去っていった。


 それを見送りながら、スカーレットは蠱惑的な笑みを浮かべる。

 何かを含むようなその笑みは妖しく扇情的で、周囲の令息達の胸を鷲掴みにしていた。


 翌日、スカーレットは学園裏庭のガゼボで読書を嗜む。侍女に用意させたお茶と茶菓子を摘まみつつ、静かにページを捲っていた。


「スカーレット様っ!!」


 呼ばれて振り返ると、そこには昨日の御令嬢、マリアが小走りに駆けてきている。

 息急ききってやって来たマリアは、極上の笑みを輝かせて、スカーレットを見つめた。


「ありがとうございましたっ、ロビンも、やっと覚悟を決めてくれたみたいですっ、わたくしと....婚約したいとっ」


 顔を真っ赤にして、マリアは小さな袋を差し出す。

 それを受け取り、スカーレットは満面の笑みで応えた。


「よろしかった事。お幸せにね」


「はいっ!」


 マリアは深々と頭を下げるとガゼボをあとにする。


「ほんと。手のかかる殿方が多いのね」


 数日前、スカーレットはマリアから相談を受けた。

 身分差を気にして幼馴染みが婚約に踏み切ってくれないと。

 御互いに想い合っているのは薄々察しているのだが、気の弱い令息は、とても父親である伯爵に楯突くことは出来ない。

 そんな彼を思いきらせるために、男爵令嬢がイジメの被害者である事実を作り上げたのだ。


 もし、令息が本気なら見過ごすことはしないだろう。


 身分を吹っ切る切っ掛けになるやもしれない。


 愛は強し。


 幻想かと思っておりましたが、有りますのねぇ。まだまだ貴族の世界も捨てた物ではないのかもしれませんわ。


 そしてテーブルに置かれた小さな袋を持ち上げる。

 ちゃりっと小さな音をたてる袋に、スカーレットはにんまりと口角を上げた。


 袋の中身は金貨。


 恋愛成就は金貨五枚。婚約破棄は金貨七枚。他にも高位貴族の演出や茶番が必要な依頼に、彼女は値段をつけて協力していた。


 知る人ぞ知る、悪役令嬢スカーレット。


 お金が大好きな彼女は、今日も誰かの企みに寄り添う。

 



 ☆ナーシャの場合☆


「ナーシャ・フリークリス、そなたとの婚約を破棄する」


 茶色の髪をかきあげ、青い眼の青年は声高に声を上げた。


 場所は学園内のカフェテリア。衆人環視の中、ナーシャと呼ばれた少女は背筋を伸ばして青年を見上げる。


「理由をお聞きしても宜しいですか? ダニエル様」


 茶色の髪を弄びながら、ダニエルは溜め息をつく。


「分からない事が、その理由だよ。地味で控えめなのが君の美徳だと思っていたが..... 大輪のバラの前では、無いにも等しい魅力だったね。僕はそれに気づいただけさ」


 意味が分からない。


 ナーシャを含む、カフェテリアにいる人々全ての心境だった。


 そこへスカーレットが現れる。


 美しい顏に豊かな金髪。蒼く灰色がかった瞳は王族特有な色で、侯爵家自慢の御令嬢だった。

 彼女は対峙するダニエルとナーシャに視線を向け、不思議そうに、薄く紅い唇で言葉を紡ぐ。


「皆様、何をしておられるの?」


 小さく首を傾げたスカーレットに、眼を輝かせてダニエルが駆け寄ってきた。


「今、婚約破棄の話をしていた所だよっ、君の言う通り、僕は優秀な人間だからね。こんな地味な女を婚約者にしていたのは間違いだと気づいたんだ」


「左様ですか」


「これで僕らの障害はなくなった。スカーレット嬢に婚約を申し込みたい」


「はあ?」


 大仰に眼を見開き、スカーレットはダニエルを凝視する。


「何の御話しですの? そういう話は家を通すものですわ」


 貴族間の常識であった。まずは御伺いをたて、好感触なら申し込む。そして合意がとれれば国王に申し出て許可を頂くのだ。

 それら全てをすっ飛ばして本人に求婚とか。有り得なさ過ぎて、その場の人間全てが呆れ混じりにダニエルを見つめている。

 いたたまれず、ダニエルは俯き、小さく呟いた。


「そ、...そうだね。当人同士で決められる事じゃなかったね」


「その当人同士とかも良く分かりませんわ。ダニエル様が、わたくしに懸想しておられると言うことですの?」


 不可思議そうなスカーレットの顔に、ダニエルは不安を覚える。おかしい。何かが噛み合っていない。


「君は僕の論文を誉めてくれたよね?」


「ええ、さすが優秀賞をとった論文ですわ。貴方からお話も聞けて、有意義な時間を頂きました」


「うん、僕の事を素敵だと....傍に在って欲しいと....」


「はい。貴方のように優秀な方が侯爵家に在れば嬉しいですわ。人材の獲得は難しいですもの」


 にっこり微笑むスカーレットの顔に邪気は全くない。

 夢から醒めたようなダニエルの茫然とした面差しが、その内面を如実に物語っていた。


 あ....察し。


 周囲の人々の眼差しが生温くゆるむ。


 しどろもどろなダニエルの言葉を拾い集めて分析すると、スカーレット嬢から論文を称賛され、言葉の端々からダニエルに好意があると脳内変換し、今回の婚約破棄騒動に至ったのだろう。

 論文が賞をとってからこちら、彼は鼻持ちならないほど有頂天になっていた。

 周囲を見下し、婚約者にもぞんざいな言葉を投げ掛け、それでも王宮から認められたという実績に、口を挟めない周囲の人々。


 それが増長し、今回の事態を招いたのだろう。


 自分の勘違いを自覚し、真っ赤な顔でダニエルはカフェテリアから逃げ出していく。それをナーシャが追いかけて行った。


 二人を見送る二対の眼差しに気づかないまま。


 校舎裏までやってきたダニエルは、追いかけてきたナーシャを振り返り、泣き出しそうな顔で睨み付けた。


「なんだよ、笑いにでも来たのかよっ」


「ダニエル様.... わたくしは貴方をお慕いしております」


 ナーシャはダニエルの腕にそっと手を添える。それを振り払い、ダニエルは叫んだ。


「どうせ哀れんでいるんだろう? 馬鹿な男だとっ、調子に乗ってスカーレット嬢に好意を寄せられていると勘違いして.... とんだ道化者だっ!!」


「よろしいではありませんか」


 凛と清しい声がする。


「貴方様は、ちゃんと理解されたではないですか。勘違いだと。ダニエル様は過ちを認められる強い方です。わたくしは、そんな貴方をお慕いしているのです」


 ダニエルの目が驚嘆に見開く。


 彼は論文が認められる前は、地味でこれと言って取り柄のない男だった。子爵令息のダニエルは、男爵令嬢のナーシャと穏やかな婚約関係を築いていた。


 しかし、彼の論文が王宮で最優秀賞をとり、事態が一変する。


 高位貴族らからも称賛を受け、にわかな万能感に酔った。僅かにもたげた選民意識から周囲を見下し、ナーシャもつまらない婚約者に見えていた。

 口調も荒くなり、以前の貴方に戻って欲しいと望むナーシャが煩わしくて仕方がない。


 以前の僕だって? 地味で冴えない子爵令息の? 冗談じゃない。


 そんな時、スカーレット嬢から論文の話を求められた。

 尊敬の眼差しを受け、魅惑的な瞳で、貴方のように優秀な方が傍に在ればと、細い嘆息とともに囁かれ、完全に誤解をした。


 なんて恥ずかしい。


 誤解したまま、つまらない女を切り捨てようと暴挙に至り、ようよう冷静に自分を見つめる事が出来たのだ。


「こんな僕を.... まだ慕ってくれるのか?」


「貴方だからこそです。以前の貴方を知っているからこそ、心無い仕打ちにも耐えられました。きっと気づいてくださると」


 微笑むナーシャを抱き締めて、ダニエルはあるお伽噺を思い出していた。

 幸運は常に足元に転がっているのだと。気づけるか、気づけないか。それが運命の別れ道なのだと。


「ごめん。....ありがとうナーシャ」


「ダニエル様....」


 御互いの気持ちを再確認し、新たな絆を深める二人を見つめていた二対の瞳は、静かに校舎裏から立ち去っていく。


「残念でしたわね」


「いや。彼女が幸せなら、それで良い」


 今回、スカーレットは二人から依頼を受けていた。


 一人は言わずと知れたナーシャ。彼女は心無い婚約者の暴言に耐えかねて、何とかならないかと相談を持ちかけてきたのだ。

 それで今回の婚約破棄騒動へとスカーレットはダニエルを誘導する。いかにダニエルが増長していたとはいえ、子爵令息の彼がスカーレットと婚約を考える訳はない。

 微に入り細に入り、スカーレットは彼が誤解を招く言い回しや、感情を込めたのだ。

 文面として捉えれば他愛ない言葉でも、情感の乗った眼差しで囁かれれば誤解をしようと言うもの。


 そうやって誤解の種を植え付け、ダニエルが暴挙に及べば鼻をへし折り、ナーシャが慰めて元サヤに収まる。そういう計画だった。


 しかし、そこにもう一人の依頼人が現れる。


 彼はキャスバル・ロイゼンターラ。伯爵家令息だ。


 ナーシャに心を寄せる彼は、彼女を蔑ろにするダニエルに鉄槌を望んだ。あわよくば婚約破棄も。

 ナーシャからの依頼の事もあり、婚約破棄に関しては成り行き任せとし、スカーレットは今回の茶番劇に挑んだのだ。

 婚約破棄となれば、ダニエル有責でもナーシャにはキズがつく。そこをかっさらうつもりのキャスバルだったが。

 どうやら元サヤに戻ってしまったようだ。


「では、これを」


 渡された袋のずっしりとした重みに、スカーレットは瞠目する。


「婚約破棄は、ざまぁのオプション付きでも金貨十枚でしてよ?」


 この重みは、どう考えても金貨五十枚はある。訝しげなスカーレットの瞳に、キャスバルは儚い眼差しで答えた。


「一時とはいえ、良い夢を見せてもらった。その代金だ」


 一瞬とはいえ、愛しい女性を手に出来るかもしれないと思えた。強行すれば可能だっただろう。

 しかし、キャスバルは彼女の幸せを選んだ。


 夢ですか。それも売り物になるのねぇ。ロマンチストが多いのかしら、殿方は。


 明日にはナーシャからの報酬も手に入る。


 知る人ぞ知る、悪役令嬢スカーレット。


 お金が大好きな彼女は、新たな開拓分野を見つけて、華の様に美しい顏に、蠱惑的な笑みを薄くはいた。


 こうして悪役令嬢を生業とするスカーレットは、威風堂々と我が道を征く。


 あなたの悩みに一粒の悪役令嬢、いかがですか?♪


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