神話庭園 the novel 『The One Who Knows the Truth』

神無創耶

第壱章 opening phase 「嚆矢濫觴」

第壱章 嚆矢濫觴


───満月まであと玖日(ここのか)


草木を踏み歩を進める

一歩、一歩と慎重かつ何かに急かされるように

眼前を見据え高鳴る鼓動を堪え、息を深く吐き整える


薄氷の上を歩むように精神を張り詰めさせているせいか、流れる空気の流れも遠くで騒めく葉が擦れる音も鮮明に聴こえる。

時折キビタキの囀りが耳に届く。

キビタキが飛び立つ瞬間の1羽1羽の羽音が聴こえる。


羽音の中に複数の落葉を踏み故郷の瓦礫……木で出来たものだが、を退けて進む物音が聞こえるのを聞き逃さなかった。

僅かな足音の差異から人数を推測

3……いや、4人

武装をしている際の音の沈みがほぼ無い事から武器を創造して戦うタイプの者達である事は想像に難くない


……来たか


ありとあらゆる可能性を踏まえ数日ほど前に流した情報を得た者を誘き寄せるこの作戦

本来ならばこんな作戦(モノ)はしたくはなかった

だが今回は違う

何時ものとは違う空気、あの時この場所で感じていた神話庭園(かたき)の気配が僅かながらに漂っているのを感じ取りもう時間がない事を知ったからだ


それに何より……こうして探させて神話庭園を遺産だと思い込んでる者を一挙に叩き潰し重傷に留めさせておく事で意識はあると判断させることにより神話庭園によって寄生されることを防ぐという目的もある

無論死なせるつもりはない、だが神話庭園との戦いは熾烈を極める事は火を見るより明らかだ



自分でもあまりにも雑で狡猾なのは分かっている、それでもしなくてはならない

もう時間はないのだから───


複数の気配の元に近づく度に神話庭園への殺意/憎悪/嫌悪が渦巻き胸中に澱み濃くなるのを感じる


話し声が聴こえる

成人男性のものだ

此処は弥生時代の村の痕跡発掘跡として一般封鎖されている、来るのは私以外にいるとしたら白那巫かあの人しかいない

だがその2人ではない事は今知っている声の記憶からは明らかだ

故に無関係の一般人を除けばUGNか他のFHセルのメンバーである可能性が高い


ここに来たということは網に引っかかった誰かに違いだろう

幾重ものの可能性を逡巡、優先度が低いものは全て最下位に

息を殺して気配を断ち、眼前を見据える


赫い雫が滴り落ち、影が赫色に滲む

黄泉祝詞(よもつのりと)を繰り返し唱える度に黄泉比良坂の大神に仕える黄泉軍(よもついくさ)達が私の血を媒介とし招来する

其れ等は黄泉の死者たる死の匂いを携え赫い影から這い出ていく

太刀を、矛を、弓を、盾を携えた赫い黄泉軍が顕現する


複数人の男達を目視できる距離まで忍び寄る

3人が談笑しているがもう1人の男は屈んでいる

しかし屈んでいる先は"何も存在していない"


幾重ものの可能性が脳裏をよぎり思考する

私の仕掛けた罠にかかった者達である事は確実だろうが人には見えない何かがいるのだろうか

だが、対象にしか見えないようにするというのなら恐らくは可能だろう

僅かな逡巡をするが頭を振ってかき消し意を決して歩みながら黄泉祝詞を唱える


「今ここにイザナミノオオミカミの命を以て」


ゆっくりと、しかし強く踏み締める


「死の穢れを齎し咎を喰らいたる」


黄泉國の死の穢れを纏う黄泉軍がまた1人這い出る度に死の匂いは濃く、むせ返るほどになっていく


「死の刃を持つヨモツイクサをここに顕現れさせたまえ」


死が、溢れ返る


驚愕しながらも即座に体制を整えた青年は身構え、告げる


「……どうも、初めまして」


青年の前にいるエージェント達も身構え、青年は言葉を続けた


「"マスターブロウダー"さんよ」


続く




こうし-らんしょう【嚆矢濫觴】

物事の始まり・起こり。▽「嚆矢」はかぶら矢の意。転じて、物事の始まり。昔、戦いを始めるときに、かぶら矢を敵の陣に射かけたことからいう。「嚆」は高鳴る、矢が鳴る意。「濫觴」は川の源の意。転じて、物事の初め。大きな川もその始まりは觴さかずきに溢あふれるほどのわずかな流れであることからいう。「濫」は溢れる意。「觴」はさかずき。「嚆矢」「濫觴」とも同じ意で、これを重ねて意味を強めた語。

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神話庭園 the novel 『The One Who Knows the Truth』 神無創耶 @Amateras00

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