第14話 イシドルVS鬼族

 イシドルの視界には、既に目視出来るほど、近くに現れていた。

彼は今までで、初めて己の行動に対して後悔していた。

大小様々であったが、悪魔でも天使でも無い、唯々ただただ後悔しかしていなかった。お互いにその存在を目視していたが、イシドルはどうするべきか悩んでいた。その選択肢の中に、戦うという文字は無かった。


絶対的強さを持った複数の者たちと、戦う意味が無かったからだ。

当然それは、建前でしかなく、昔ディリオスに対して思った恐怖というものが、再び彼を支配し始めていた。


イシドルはその気持ちを断ち切る為、戦う事を選んだ。

仮に逃げれば、それはそれで厄介な事になるのが、悪魔の世界でもそうであったからだ。強き者は強さを示さねば成らない。


悪魔の王の一角になる為、悪意を持って制するのではなく、独りの悪魔として、己よりも遥かに大きな鬼の一族に対して、どうするべきか分からなかった。

そもそもイシドルには戦闘経験が少なかった。

それ故、イシドルは己の特殊能力を把握していたが、どう戦うのが最善なのか、熟慮しても見つける事が出来ずにいた。



その特殊能力は自動型で、彼の意思とは関係なく、外気のエネルギーを体中に充満するものだった。

イシドルは常にフルパワーで戦えるという意味であり、多少の負傷程度なら傷跡は残るが、出血などは肉体を回復するエネルギーの働きで、直ぐに治せた。

しかし、致命的な傷を負えば、回復には相当時間がかかる為、強者相手に単身での戦いには、向いていない事が弱点だった。



イシドルの満ち溢れるエネルギーを察知した鬼たちは、向かってくる人間に対して、一番大きな鬼は高エネルギーの為か、手に持つ鉄混が赤く熱され、それは烈火の炎を纏っていた。

一番小さな人間ほどの赤い体の鬼が、イシドルに向かってきた。

長い眠りから覚めたからか、嬉々とした表情を見せていた。



 悪魔の王は、豪華で暖かい毛皮を脱ぎ捨てると、その赤鬼に向かって、剣を抜いて構えた。

「馬鹿めが!」

イシドルは全力で、氷も水も無くなった岩肌を砕き取ると、それを投げつけた。

赤い鬼は素早くそれを横に避けると、目の前に斬りつけてきた刃を目で捉えた。

お互いが一瞬の戦いの中で、赤鬼はサッと手を出すと、剣の道筋強く変えさせて、男の力んでいた体は、その剣の道筋通りに流された。

そして態勢を崩したイシドルの顔面に、赤鬼はカウンターの拳打を叩き込んだ。



イシドルは吹き飛ばされ、顎の辺りに冷たい何かを感じた。低空ではあるが、十メートル程飛ばされている間に思った事は、鋼で殴られたのかと思わされるほどであったが、痛みよりも早く寒風を感じた事だった。


悪魔の男は吹き飛ばされたが、直ぐに立ち上がった。

その立ち上がった勢いで、何かが地面に落ちた。

イシドルは下を見た——顎と頬の一部が落ちていた。

直ぐに自分の物だと分かったが、時間を長く感じた。

彼の頭の中で、色々な思いが交錯こうさくした。鬼の強さの基準は分からないが、明らかに一番小さい赤い鬼だった。

自分とそう変わりない程度の体だった。


赤い鬼は目で分かるほど、徐々に回復していく人間に対して、表情が強面こわもてに変化していった。

顎と頬の肉が完全に回復するのに、時間は一分程度かかっていた。

まだこれから戦いが始まるというのに、イシドルは既に、畏怖を感じていた。



第六位の天使長が封印していた事から、それほどまでに強くないと思い込んでしまっていた。

しかも、その中でも一番弱いであろう相手に対して、たったの一撃ではあったが、恐ろしい程の強さを肌で直に感じた。



イシドルの能力は己の強さと直結している。

その為、強ければ強いほどその特殊能力は発揮される。

そして彼は決して弱い訳では無かった。

しかし、死ぬまでには多少は耐えられるが、実に分かりやすい能力故に、勝敗を見極める事は容易に出来た。



赤い鬼は立ったまま動かない人間に、少しずつ近づいていた。

圧倒的強さを見せつけたが、彼ら第四の勢力の者たちは、特殊能力者に対しては、絶対に油断してはいけない事を、長い長い永遠に近いほど長い時を生きてきて、戦い続けてきた事から、例え弱い相手でも特殊能力を有する者たちには、切り札があり、油断を誘い、そこから勝機を見出す者たちだと知っていた。


 近づく鬼に対して、イシドルは剣を再び構えた。

赤い鬼は拳が震えるほど力を込めると、その拳はどんどん赤みを増していき、拳に炎を纏った。

先ほどのような普通の力で無く、震えるほど力を込めている事を間近に見て、イシドルは絶対に食らってはいけないものだと思った。

当たり所が悪ければ、回復が追いつかず死が訪れると、警戒した。


 赤い鬼は、その様子を見て、自分よりも遥かに弱い者だと直ぐに理解した。

人間が何年生きているのか、どこまで能力が開花されているのかは分からなかったが、彼らには幾千の戦いの経験から、多くを知る事を可能にしていた。


赤い鬼は、今度はゆっくりと近づいてきた。

剣の間合いに入っても、動じる事無く、そのまま進んできた。

イシドルは剣を持った腕を引いて距離を作り、そのまま深々と貫くように、力を込めて突き刺した。

鋼の刃が赤い鬼に当たると、剣先は折れ、その剣を炎の拳で掴むと、鋼は溶けていき、男はすぐに剣を手放した。


巨大な鬼たちは、人間を一瞥すると、何かを話し始めた。

何もかもが消えた岩石だらけの場所には、獣も人間もいなかった。

鬼たちは何故このような場所に、人間が一人でいるのか気になっていた。

自分たちが封印された記憶はある。

しかしこの程度の人間に倒されるほど、第六の天使長は弱くない事も知っていた。

だが、もしも、第六位の天使長が弱っていたのならと、色々頭の中で模索していくうちに、この地にいるのは危険だと判断した。


第五位の天使長が来れば、間違いなく命懸けの戦いになる。

もう千年以上も封印されたのに、再び奴らに封印されるのは御免だと考えた。

巨大な鬼は立ち上がり、

「おい! 移動するぞ。さっさと片付けちまえ!」鬼は頷くと、炎の拳でイシドルの体を難なく貫いた。

その貫かれた穴から炎が移るのを見届けて、鬼は仲間の元へと戻って行った。

心臓を貫くべきであったと思い、戻ろうとすると大鬼に引き止められた。

小鬼は人間に目を向けたが、動く様子さえ見せなかった。



「どうやら今の世では人間は弱いようだな。悪魔と天使をりまくるぞ!        奴らに復讐してやる! 次の天使は第五位だ。俺たちの獲物はあの爺だ。

なりは小さいが、和の国の裏のボスである奴を封印から出して殺す。

数では負けるが、個では我らのほうが遥かに強い。

天使と悪魔をぶつけさせ、勝ったほうを殺して行けば、そのうち見つかる。

それまでは人間どもの地を支配し、そこから様子を見るとしよう」


大きな鬼は辺りを見回した。南に草原が見えた。動物たちを飼って暮らしている人間がいると考え、ボスである大鬼は南に行く事を決めた。

「南に移動すれば、何者かがいるはずだ。いくぞ!」

鬼は百体ほどいたが、その中でも一番弱いであろう鬼に、イシドルは敗北した。鬼たちが自分を越えて、南にいく姿は確認できたが、肉体の炎が燃え広がっていき、徐々に意識を失っていった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る