秋田藩天塩番屋手控帳

美作為朝

イントロ


 遅い午後、冬の弱い日が斜めからさす。

 白井忠雄しらいただおは札幌の樽川通から一本入った、小さな古書店、栄鳩堂えいきゅうどうに入った。

 樽川通の向こうは北大である。

 白井と店の親父とは学生時代より顔なじみである。


「しばれるねぇ」

「はい」


 白井が答えた。学生時代はよく資料を求めるためこの栄鳩堂に足を運びここの店主のつてで古文書を探してもらったものである。。

 古い本が醸し出すなんとも言えない匂いが白井を包む。


「どうですか?高校教師になってみて」

「いや、学生がみんな若くて、ついていけません」

「白井くんじゃなかった白井さん、か白井さんもまだ十分若いでしょ」

「いやぁ駄目ですね」


 白井は頭をかく。

 博士課程を経て、日本史のオーバードクターになり研究者の道を目指したが白井のレベルでは研究職のポストは日本全国どこにもなかった。

 二十代も終わりかけで予備校と塾の講師で食っているのでは話しにならない。

 白井は研究者の道は諦め思い切って私学の高校教師に一昨年からなった。

 しかし、未練たらたらなのか未だに資料を求めるように大学近くの古書店に通ってしまう。


「白井さん、いい本が入りましたよ。どうですか?」

「はぁ」


 白井が答えている間にボロボロの大きな紙に包まれた一冊の厚い台帳を店主は持ってきた。

 台帳の表紙にはこう書いてあった。

『秋田藩天塩番屋手控帳』


「どっからどう回ってきたか?掘り出し物ですわ安くしときますよ」

「はぁ」


 白井は弱々しい返事をすると手にとった。

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