昭和階段

山長油炭

昭和階段


 日々変化する日常での一つの出来事としてこの文を記す。


 私がこの街に越してきたのはおよそ二年前。父の転勤のせいで、やっと住み慣れた町を離れることになった。転勤先はなるべく地方にならないようにと便宜を図ってもらった、と父は言っていたけれど私は今でもそう思っていない。かといって極端に田舎なわけではないし、都会すぎるわけでもなかった。父の実家と比べれば確かに栄えてはいるけれど、原宿や六本木といった私がイメージする都会とは全然違う。今思い返してみれば、父は都会に引っ越すとは一言も言っていなかった。都会に引っ越すとばかり思っていた私は酷く落ち込んだものだ。

 この街は急な坂がとても多い。そのため自転車は全く役に立たない。父の職場は距離が近いので毎朝原付で出勤する。私の通う高校は隣の駅にある。この街の主要路線は駅同士の間隔が前に住んでいた町よりも短いのでとても近いが坂が多い。しかも原付登校が禁止されているので、毎朝仕方なく徒歩で通学することになる。電動自転車が欲しいといつも頼んでいるのに、高額だから買わないと言う。より良い交通手段のために私は家の近くのコンビニでバイトしている。

 コンビニへ向かう坂の途中に近道できる階段がある。この階段、いかにも古臭い。まるでこの場所だけ時間が止まっているような感覚に陥る。前の町のような田舎のコンクリートに、錆びついた大きすぎる手すり。それなりに急な角度のため早く登れないし、段が狭くて踏み外しそうになる。隙間には草が生えて、階段の両隣は古臭い建物だ。それでもこの階段がコンビニへの近道なので仕方なく使うことにしている。バイトの給料日になると、階段の一番上にある「葉っぱのみどり」という個人経営のレストランへ行く。ここの王様ハンバーグはソースがビーフシチューでとても濃厚な味。でもセットで味噌汁が付くのは古臭い。もっとお洒落な場所で内装を綺麗にして出店すればいいのにといつも思っている。

 私が嫌いなこの階段は川崎市の駅前開発事業により半月前から改修工事を行っている。今は下から見て左側だけ階段が通行止めになっているが、あと数カ月もすれば左右どちらも綺麗になっているだろう。きっと前とは見違える程に歩きやすくなっているだろう。でも私にとってそれはあまり関係ない。というのも、私は今年度でこの街を去るからだ。また父の転勤に家族一緒でついていく。今度こそ都会になると父は言う。次の街こそ綺麗で流行の最先端をいくような素敵な街であると願っている。

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