第59話 女神のお宝腐ってる

 ☆5000に感謝です!ヾ(*´∀`*)ノ


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「……おっ、出てきた出てきた。あそこにゃ何があるんだ?…まぁいいや。さて、いきますか…」


 世界に名をはせる大企業『Seeker’s Friend』所属三等級冒険者にして、現美作海の観察者ストーカーである男―――臼井影人がいつものようにダンジョンラボに入っていく海を見送り、いつものように相当な時間が経った後ダンジョンラボから出てきた海を視界に収め、さぁ追跡再開だと意気込んだ時だった―――。


「――――――げ…」


 臼井は調査対象の青年の陰に隠れ見えにくくなっていた一人の女性を視認したと同時に自身のスキルを全力で発動させ、存在を消す。それから全速力での外へと移動した。


(油断してたぜ…)


『慣れ』には緊張感を薄れさせ人の行動や思考を滑らかに、円滑なものにする効果がある一方で、危機感を薄れさせる効果もある。


 調査開始から早五日。海の突飛な行動に惑わされることがなくなり始めた臼井は完全に油断していた。美作海は基本的に一人で行動する、付き添いがいたとしてもそれは自分よりも等級の低いダンジョン研究家――間瀬朝陽だけであると思い込んでいたのだ。


「…あの化け物も関係者だったのかよ……」


 連日ダンジョンラボに足を運んでいることは知っていたが、まさか関係者だったとは…。

 臼井は愚痴を一つ呟き、100m先にいる調査対象ではなくその隣。桃色の髪を風なびかせる一人の美女―――我妻桜子の一挙手一投足に注意を向けながら情報端末にテキストを打ち込み、東雲梓しののめあずさの元へと情報を送る―――


我妻桜子が調査対象の関係者である可能性大。指令を待つ間、細心の注意を払いながら調査を継続する』


 ―――自身の無駄な一言が化け物の機嫌を損ねていることも知らずに。




 ◇◇◇




「………化け物だなんて失礼極まりないですね…海君に害を与えない限りは我慢しますけど…」

「どうかしました?」

「はい?どうもしていませんよ?」

「…そうですか」


 ダンジョンラボを出てからここ第14層に来るまでの道中、どうにも桜子さんの様子が気になる。首は動かしていないのだけど視線がずっと唇とともに僅かながらも動き続けているのだ。まるで何かを探している、探っているかのように。

 まぁ、周りを見るな俺を見ろ……なーんて気持ちの悪いことは言えないから、そっとしておこう。索敵をしているだけかもしれないし、何より桜子さん超一流冒険者が何もないと言っているんだ、信じるほかない。


(それに今からどうにかなるのは俺の方なんだよなぁ……というか残念だ…ジャージじゃないなんて…)


 すぐそこまで差し迫っている苦行を思い出し顔を顰めながら、視線を桜子さんの下半身、そして上半身へと目を向ける。決していやらしい目でなど見ていない。高校のジャージはもう着ないんだなと嘆いているだけだ。


 足元から太ももにかけての黒色、尻から首下・二の腕までの暗い桃色、下半身部と同じ黒色の手袋と襟。

 桜子さんは以前、ダンジョンラボ内にて着用していた高校時代のジャージではなく、俺と同じようにガチガチのダンジョンスーツに身を包まれていた。


「あのぉ、ジャージは……」

「っ…あの時のことは忘れて下さい!これがダンジョン内での私の本来の姿です!」


 過去の自分の服装に恥じらいを覚える桜子さん。

 ダンジョンスーツは基本、空気抵抗を極限まで省くために肌に張り付くよう設計されている。だから今の格好も今の格好で違うベクトルで俺得なのだが、また衣装替えられるわけにはいかないのでこれ以上は何も言わないでおこう。


 ———それから少し。


「朝陽と検証を行っていたという木はここですか?」

「はい―――じゃあ、かまします」

「あ、はい……え、かます?」


 もう登りたくない見たくもないと思ってしまうほどに見慣れた大樹の下。

 少しでも早く『全力で遠吠え』のノルマを終わらせたかった俺は午前中に奇行を繰り返していた大樹の前に着き次第、桜子さんに奇行宣言。一応の了承も得たのですぐさま『全力』で遠吠えを上げる。


「ワオオオオオオオオォォォォォォ!」

「ひゃっ」

「―――ォォォォォン……」


 あの日と同じように森林地帯のどこまでも轟きそうな遠吠え。桜子さんの驚く声。そして音がどこかしらに反射し、少し遅れて聞こえてくる。木霊でしょうか。いいえ、遠吠えです。


「…………」

「…………」


 からの無言。キツイ、しんどい。この際、あはは…と少し引いてもいいから何か言ってほしかった。


「えっと…その、どうでした?」


(何がどうで、どれが何だろう…)


 静寂に耐えることが出来なくなった俺は何を考えたのか遠吠えに対する感想を桜子さんに求める。正直、軽く引くだけでは済まずドン引きされてしまったのではないかと焦っていて頭が真っ白だった。迷言を許してほしい。


 頬を伝う冷や汗、乾く口の中、気持ちとは裏腹に元気に跳ねまくる心臓。軽いパニック状態になった俺。


 そんな時だった。目の前に女神が舞い降りたのは―――。


「あ、すみません黙ってしまって。…その、想像していた以上に海君の遠吠え?…が上手で、少しばかり感心してしまって。

 えっと、どうだったか…でしたっけ?それはもう素晴らしい遠吠えだと思います。自信を持ってください!」


(あぁ、やはりあなたは女神だったのか…!)


「…俺、自信もっていいんですか?」

「はい!」

「胸を張って遠吠えしていいんですか?」

「はい、もちろんです!この調子でささっとノルマをクリアしてしまいましょう!」

「はい!頑張りますっ!」


 だからそれじゃあカウントされないんだって…ともう一人の冷静な俺が言っている気がしたが、無視して吠えまくった。




 ◇◇◇




「はぁ…真面目にやりましょう桜子さん」

「…そうですね海君」


 そして今。俺と桜子さんは猛烈に反省していた。

 どうして10分もの間遠吠えをし続けてしまったのだろうか、どうして10分もの間遠吠えをさせ続けてしまったのだろうか、と。


 俺は羞恥心から逃れるために思考を放棄し、桜子さんは俺が恥ずかしがらないようにと気を遣ってくれた。二人の思考、行動が重なりこの世で最も無意味な10分間を生み出してしまったのだ。

 もちろんスキルボードの『全力で遠吠え』ノルマの数字はゼロのままである。


「お互いにどうかしていましたね…。この場に朝陽がいなくて助かりました。先ほどまでの光景を見られていたらと思うと――」

「ゾッとしますよね」

「ふふ、ですね」


 唯一の救いがあるとするのならば、桜子さんが底抜けに優しいということ。ついでに言うと、どうかしてしまったのはお互いではない。俺だけだ。


「さぁ、始めましょうか。時間は無限にあるわけではありません……よいしょっと」

「ですね…ん?」


 底抜けに優しい女神な桜子さんは手をパチンと合わせた後、おもむろに腰に掛けてあった可愛らしい桃色のポーチ、もとい魔法鞄マジック・バックの中からスマホのような長方形の端末を取り出した。

 ―――正式名称:Specialized Communication Oriented terminal in Dungeon、和名:ダンジョン内特化型通信端末———略してSCODスコッド

 ダンジョン内からダンジョン外へと情報を送ることが出来るスマホのようなもので中位以上の冒険者であれば誰しもが持っている機械、部品にダンジョン産のものが大量に含まれているものの人間が主体となって生み出すことのできた数少ないダンジョン内アイテムである。


「えっと、ここはこうでここを……こうでしたっけ?」


 流石は一等級冒険者。最低でも500万はする機械をスマホを弄るような感じで片手で操作している。俺なら落として壊れでもしたらと考えてしまって両手でしっかり握り、震える人差し指で操作することだろう。あな恐ろしや。


(というか前に店舗で見たものよりも随分とコンパクトだな…いくらするんだろう)


 何を探しているのだろうか。桜子さんが綺麗な眉を八の字にしながら端末スコッドを捜査している間に俺は少し下世話なことを考え始めた。

 それ即ち、桜子さんの端末スコッド栄一さん何人分なの?問題である。


 電子機器のような精密機械はそのサイズとは反比例して高くなる。馬鹿みたいに高度な技術力とコストが必要になるからだ。

 桜子さんが持っている端末スコッドは店舗に置いてあった500万のものより一回りも二回りも小さく見えた。つまりは500万の一つ、二つ上のステージに答えがあるということ。


 気になり出してしまったからには仕方がない。未だ端末と睨めっこしている桜子さんに話しかける。


「桜子さんの手にあるそれってスコッドですよね?」

「あれ?あれ?調子が悪いのですかね、メモ帳が開けません…どうして写真のアプリが――「カシャッ」……ん?何か言いましたか?海君」

「…あ、はい。そのスコッドとてもカッコいいなと思いまして」


(なんでメモ帳のアプリを開こうとしてカメラを起動させて撮っちゃうんだろう)


 今の独り言から我妻=アフロディーテ=桜子さんが相当な機械音痴であることが分かったけど、それは一旦置いといて。

 俺は所々に落ち着いた桃色の桜の花びらがデザインされている和なテイストの端末スコッドに目をやった。


 俺の視線に気が付いた桜子さんが「あぁ、これですか。見ます?」とこちらに差し出してくる。


(俺はそれの値段と少しばかりの機能を知りたかっただけなのに…)


 値段から何もかもが得体の知れないそれを受け取るのは躊躇われたが、断るのもまたおかしな話だと思い「あ、ども」と受け取った。


「…軽い、ですね」


 小型化されているから店舗で持ったものより軽いんだろうなぁと思っていたが、それでもつい感想を口に出してしまう程には軽かった。掌に栄一さんが何百万も乗っていると考えた瞬間にどっと重く感じられ―――


魔法鞄マジック・バックの容量を不必要に圧迫しないためには軽量化が不可欠ですからね。それに私のスコッドはダンジョン外にも対応しているので軽い方が何かと便利なんですよ」

「へぇ、ダンジョン外でも使えるんですね。府中支部の店舗で見たスコッドは確かダンジョン内だけでしか使えなかったような…。桜子さんのは随分と高性能なんですね」

「私のは特注品ですから」

「…えっと、ちなみにお値段の方は……あ、将来俺もスコッドを買うことになると思うので参考にしたくて。なので、変な意味で聞いたわけじゃありません」

「ふふ、大丈夫ですそれくらいのことは分かっていますよ。―――そうですねぇ…細かい数字は覚えていませんけど、確か8000万…あれ?9000万くらいでしたっけ。それくらいです」


 ―――値段を聞いた瞬間、本当に栄一さんが9000人乗っているのではないかと錯覚するほどの重量が掌及び全身にのしかかってきた。


(もったいねぇぇぇぇぇぇ……!)


 9000万もの端末お宝十分に生かされていない腐っているという事実が飛びかける意識を繋ぎとめていた。






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 <召喚獣のスキルボード>のノルマを引きずりまくっていますが、苦労した分だけノルマの報酬はほにゃほにゃほにゃ……

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